ここでは、弁才天女の真言についてご紹介しようとしています。
まずはその準備として、『金光明経』とともに、弁才天女の基礎資料である『大日経』における弁才天女に関する記述を示しておきます。それは「具縁品」第二、「普通真言蔵品」第四、「密印品」第九、「秘密漫荼羅品」第十一に記されています。
『大日経』「具縁品」第二・所説の胎蔵マンダラでは、弁才天は「第二院(tib. gnyis pa’i cha)」の西方に配されます。(現図曼荼羅では最外院の西方)
西方には(tib. de yi nub tu)諸(?)の地神と 弁才(tib. dbyangs can, Sarasvatī)と及び毘紐と 塞建那と風神と 商羯羅と月天となり 是れ等は龍の方(tib. nub kyi phyogs)に依れ 之を画くこと遺謬(いびゅう)すること勿れ(Cf. tib. 服部本p.75)
その真言(mantra)は「普通真言蔵品」第四に次のようにあります。
美音天(tib. dbyangs can)の真言に曰く、Namaḥ samantabuddhānāṃ Sarasvatyai svāhā /(Cf. tib. 服部本p.133)
その手印(mudrā)は「密印品」第九に説かれ(「仰三昧手在於臍輪、智慧手空風相持向身(29c8)、運動如奏音楽」)、その名称は「是れ妙音天の費拏(vīṇa, tib. pi bngo sic.)の印なり」(Cf. tib. 服部本p.273)とあります。
「秘密漫荼羅品」第十一には「妙音には楽器(vīṇa)の印(mudrā)なり」(dbyangs can gyi ni pi bang yin //服部本p.322)とあり、弁才天の象徴とされるシンボルが定められています。
以上が、『大日経』における、弁才天に関する記述です。マンダラにおける配置場所と真言と印(手印と所持の密印)が定められています。
次いで、「普通真言蔵品」第四の記述に対する『大日経疏』巻第十の注釈部分を読んでみます。
次美音天。是(684a17)諸天顯詠美者。與乾闥婆稍異。彼是奏樂者(a18)也。4薩羅薩伐*二合底曳*二合即美音之名也以初薩字(a19)爲體是堅義。若有堅住即有生住異滅之相。(a20)入阿字本來無堅。則無成壞故也。餘字皆爲(a21)釋此。私謂以此妙音悦可衆生。言辭柔軟悦(a22)可衆心令得歡喜者。説無堅令知無常。驗得(a23)如來堅固之法也
次に美音天は、是れ、諸天「の中」詠美(歌詠美妙)を顕わす。乾闥婆(Gandharva音楽神ガンダルヴァ)と稍(やや)異なり。彼(= 乾闥婆)は是れ楽(= 楽器「箜篌」)を奏する者なり。[真言は]薩羅薩伐<二合>底曳<二合>(Sarasvatyai)。[即ち美音の名なり。] 初めの薩(sa)の字を以って[真言の]体となす。是れ堅(sāra 堅固)の義なり。若し[諸法に]堅住[すること]あらば、即ち生・住・異・滅の[無常の四]相[も]あり。阿字に入れば、本来(もとより)無堅(a-sāra)なり。則ち成壊(いいかれば生成・消滅)なき(、本不生なる)が故なり。(sa以外の)余字は皆、此れを釈せしむが爲なり。私に謂く、この妙音を以って衆生を悦可せしむ。言辞柔軟にして、衆心を悦可し、歓喜を得しむる者なり。無堅を説いて無常[の真実の意(本不生)]を知らしめ、験に(現実に、の意)如来堅固の法(= 菩提・涅槃)を得るなり。Cf.『義釈』巻第七、続天台主全書本pp.299-300.
この記述の情報を整理します。
弁才天を「美音天」と表記しています。それは「諸天に[おいて]詠美を顕わす者なり」とあるように、弁才天を「妙なる音声」を発するお方、または「妙なる音声」をもって教法を説くお方と解釈していることを表わしています。それは、「言辭柔軟悦可衆心令得歡喜者」という表現によっても知られます。この表現は、『法華経』「方便品」第二「舍利(5c07)弗、如來は能く種種に分別して巧みに諸法を説き、言辭柔軟にして、衆の心を悦可す。」等に用例が知られます。
乾闥婆(音楽神ガンダルヴァ)と稍異なりとありように、弁才天とガンダルヴァとの混同は、文献上、実際に生じていたことも知られています。
次いで、真言「Sarasvatyai」(Sarasvatī 多音節の女性ī語幹の為格)について解説されます。(未完)