仏さまのお身体は、どれほどの大きさなのでしょうか。日本にも大仏と呼ばれる仏像はたくさんありますが、経典に説かれている仏さまはもっともっと大きいのです。たとえば、阿弥陀さまの真のおすがたは『観無量寿経』に「黄金のようにまばゆく輝き、その高さ(=背丈)は六十万憶那由他恒河沙由旬である。また眉間の白毫は右にゆるやかにめぐり、その大きさはちょうど須弥山を五つあわせたほどであって、その目は四大海水のようにひろびろとしており、清らかに澄みきっている。(中略)円光の広さは百億の三千大千世界をあわせたほどである。」(『浄土真宗聖典・浄土三部経(現代語版)』本願寺)とあります。それを私たちは

 

「阿弥陀仏真金色(あみだぶつしんこんじき)相好端厳無等倫(そうごうたんごんむとうりん)白毫円転五須弥(びゃくごうえんてんごしゅみ)紺目澄浄四大海(こんもくちょうじょうしだいかい)」『弥陀讃』

 

とお唱えしています。また孫悟空が一瞬にして10万8000里飛べるという筋斗雲で世界の果てを目指して飛んでも、仏さまの手の掌より超え出ることはなかったというほどですから、真の仏さまのおからだはとてつもなく、まったく想像すらできないほど大きい、不可思議というものなのです。

 

仏さまの大きさについてはそれくらいにして、お釈迦さまをはじめ、仏の本来のお姿ともいえる受用身としての仏さまが、成道後、常恒に、より正しくはその場所、そこに留まる有情が生存している限り、そこにその身を留めていらっしゃる場所という意味で「本処」である色界四禅最上処であるアカニシュタ天処(色究竟天)の大きさ、そのひろがり、そして私たちの住むこの世界からどれほどの隔たりがあるのかについてお話しいたします。

 

まず三千大千世界という概念ついて説明します。「世界には太陽が一つ」ということを基準として世界を考えると、私たちの住む自然・宇宙的世界は、ひとまず太陽系と呼ぶことができます。それは、仏教でいうところの須弥山(しゅみせん)世界に相当します。太陽系(そして、プラスアルファ)が千個集まったものを小千世界(千の須弥山世界、プラスアルファ)といいます。この小千世界が千個集まると中千世界という単位になり、千の二乗ですから、中千世界とは百万の須弥山世界、プラスアルファから構成される世界です。その中千世界が千個集まると大千世界という単位になり、千の三乗ですから、十憶の須弥山世界、プラスアルファから構成される世界です。「三千大千世界」とは、「千の三乗、すなわち大千」の世界という意味であり、それが真のほとけを考える上での一単位となります。

 

次に三界という概念を用いて考え直してみます。三界とは、欲界(地獄、餓鬼、畜生、人、天[六欲天]。阿修羅を含めて)、色界(初禅・梵天界、二禅、三禅、四禅[しぜん])、無色界をいいます。小千世界は、千の六欲天までの千の須弥山世界と、プラスアルファである千の初禅・梵天界から成り、中千世界になると、百万の須弥山世界、百万の初禅・梵天界、さらに千の二禅天を含みます。大千世界は、十憶の須弥山世界、十憶の初禅・梵天界、百万の二禅天、さらに千の三禅天から構成されます。そして三千大千世界とは色界四禅最上処・アカニシュタ天処、ひとつ分の大きさであり、その下部には前述した通り、千の三禅天、百万の二禅天、十憶の初禅・梵天界、そして十憶の須弥山世界が属している、というのです。(私たちの住むこの世界からどれほどの隔たりがあるのかについては『須弥山と極楽』定方晟、講談社現代新書1973をご覧ください。それによれば、地表である金輪水面から167,772,160,000由旬とあります。)

 

具体的に想像していただきたく比喩をもって説明すれば、同じ高さの千のデパートが横に並んであるとして、その千のデパートは屋上部分でつながっている。その屋上には千のデパート分の広さの「大きな」デパートが一つあり、同じようにまた千のデパートが千個並び、それぞれの屋上部分でつながって「大きな」デパートを一つずつ支えている。ですから、「大きな」デパートは千個となる。百万のデパートの屋上部分に並ぶ千の大きなデパートもまたその屋上部分でつながっていて、そこには「より大きな」デパートが一つあり、同じようにまた千の大きなデパートが千個並び、それぞれの屋上部分でつながって「より大きな」デパートを一つずつ支えている。同じように、より大きな千個のデパートも屋上部分でつながって、「さらに大きな」デパートの一つを支えている。それが色界四禅天であり、その最上階がアカニシュタ天処というのです。

 

三千大千世界は一仏の救済範囲(一仏国土)とされるとともに、ひとつひとつの須弥山世界、すなわちデパートひとつひとつに一人ずつの店長さん、もとい、釈尊と呼ばれる仏さまが出現されるというのです。そして「さらに大きなデパート」の最上階であるアカニシュタ天処の店長さん、十憶のデパートの総括店長さんが、世尊ビルシャナと呼ばれる仏さまなのです。(正しく説明できたでしょうか。)なお西方極楽国土はこの三千大千世界の外側にあるとされるのですが、阿弥陀さまもマンダラに配されていらっしゃいます。

なお色界、無色界は、ともに禅定(dhyana静慮)者の世界をいいます。そして無色界は、かたち(rupa色)のない世界であり、「方処」を超越しているといい、無色界は色界の上にあるというわけにはいかないのです。

 

この文章を書くにあっては、『須弥山と極楽』定方晟、講談社現代新書1973、佐々木閑先生Youtube仏教講義9「仏教の宇宙」とくに、その12(2023/7/21配信)を通して勉強させていただきました。ありがとうございます。合掌

※アカニシュタ天処の仏教教理的意義については次回以降の配信となります。

※仮に計算してみました。中千世界を仮に50㌢の大きさ、広がりをもつとすれば、大千世界は500㍍となります。逆に小千世界は0.05㌢となり、一須弥山世界はその千分の一の大きさとなります。計算が間違っていたら、皆さまどうぞご指摘ください。