恩師山崎泰廣先生の御業績の紹介(1)弘法大師の三昧耶戒観

 

本論文は、昭和41年(山崎先生37歳)の執筆であり(『日本仏教会年報』第32巻1967)、執筆年代にしたがって24編の論文が配される『山崎泰廣講伝伝授録』第三巻『基礎論文集』の第一論文として収録されるものです。第一番目であるというそれ以上に、本論文は重要な意義を有しています。その意義を簡潔に指摘すれば、本論文は、三昧耶戒と即身成仏と内面的関係性についての検討を目的として執筆されたということです。

 

三昧耶戒は、「灌頂入壇の前に受けるところの、密教徒としての根本戒」である。『大日経』等に説かれる三昧耶戒を、その異名と三昧耶(samaya)の意義用法、三昧耶戒の典拠となる経軌、三昧耶戒の戒相は四重禁戒(不応捨正法戒、不応捨離菩提心戒、不慳恡一切法戒、不作不饒益行戒)であること、十重禁戒(不捨仏戒、不捨法戒、不捨僧戒、不捨離菩提心戒、不謗一切三乗経戒、不慳恡一切法戒、不得邪見戒、於発大心観察戒、観察機根引導戒、常行布施戒)は四重禁戒の開いたものであること、そして四重禁戒と四波羅夷罪(婬盗殺妄)の関係については、「四波羅夷の奥の猶深いところに悪を見出し」、四重禁戒をもって、「時代を超越して、道徳の世界からより深い人間の根源、人間の本来性に立脚した純粋なる宗教戒の極意を示すもの」と評する。以上、三昧耶戒に関するさまざまな問題を明らかにしたうえで、大師における三昧耶戒観について論述する。  

『弘仁の御遺誡』(大師40歳)にまず触れ、大師が『三昧耶戒序』をもって、『菩提心論』の所説をいかに展開させた、論を進められたかについて以下の8 点を指摘する。

1)『菩提心論』にしたがって、三昧耶戒の体(本質)を菩提心(三種菩提心)である、とする。

2)三種菩提心( 智慧による勝義心、大悲の行願心、三密観の三摩地心)を信心、大悲心、勝義心、大菩提心の四種とする。その場合、『守護国界主陀羅尼経』第十が参照されたとする。

3)さらに信心については、『釈摩訶衍論』第一にしたがって、信の十義(澄浄、決定、歓喜、無厭、随喜、尊重、随順、讃歎、不壊、愛楽)で説明し、三昧耶戒を保つということは、(仏に対して)心に濁りなく清らかで、(法を聞き、修するに)喜びがあり、(大切な仲間である)他者の勝行をみて心から讃歎できるということ等、三昧耶戒をより具体的に説いている。

4)大悲心については、『心地観経』の父母、国王、三宝、衆生の四恩思想を新たに導入する。

5) 従来の十善戒を、新たなる三昧耶戒の精神で保ち、実践する必要性を説く(「諸戒は十善を本とし、十善は三昧耶の一心を本とす」)すなわち自他平等の一体観である。

6)勝義段における、五種の教法無自性(凡夫、外道、小乗、大乗、旨陳の五段階)を十住心思想に展開している。それは、外への教判(教相判釈)よりは、内における自心の検知に重点がおかれている、とする。

7) 『秘密三摩耶仏戒儀』のように、具体的な観法・作法は述べていないが、三摩地修習の重要性の指摘があること。

 

そして最後に、三昧耶戒と即身成仏と内面的関係性については、

8)仏身論による顕密教判を用いて、三昧耶戒を密戒、大日自性法身の戒とし、即身成仏(「この肉身をもって現実に成仏し得ること」)の経路と位置付け、最後に、大師が即身成仏されたことの証しを大師のご生涯に求め、即身成仏の発露して、三昧耶戒の実践の必要性を説き、真言宗徒の必携書として『三昧耶戒序』の重要性を指摘する。

本論文は、J-Stageを用いて閲覧することができます。