私が購読している雑誌に、震災後の私がぼんやりと思うことを明確に的確に記事にしてくださっている方がおられました。
小島慶子さんというラジオパーソナリティの方です。
かねてよりこの方のエッセイには知性とユニーク(皮肉あり)にあふれていて素敵だなと思っていたのですが、今回のこのエッセイは子をもつ親の悩みを浮き彫りにし、そしてその方向性を導いてくれるような内容でした。
長くなりますが、興味のある方はぜひ一読下さい。


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 5月です。連休はどう過ごされましたか。目に映るものが変わってしまった人、のんびり過ごすのが後ろめたい人。無邪気に新緑を眺めた去年が懐かしい、と思った人が多かったのではないでしょうか。これから日本は変わります。その変わって行く日本を生きる若者をいま私たちは育てています。私たちが見てきたものと、彼らが見るものは違う。どうやって育てていけばいいのか不安になる毎日です。

 地震の直後、立教新座高校の校長先生が、震災で卒業式を中止した卒業生達に贈った言葉が話題になりました。大学で学ぶことは、現実と向き合う時間を持つことであると説いたその文章の中には「貧しさを恐れるな」という言葉がありました。恵まれた環境の子どもたちが当たり前のように大学に進学していく有名私立高校の校長先生が「貧しさを恐れるな」と説いたことに強い印象を受けました。つまり、親が歩んできたのと同じ成功の方程式は、これからはもう通用しなくなるということを、何世代にもわたって裕福な子どもたちを集めてきた学校の校長がいったのです。荒海に漕ぎ出せ、と校長はいいました。高い学費を払って有名私立に通わせることは、親にしてみればリスクのない安全な世界に子どもを送り込んで守ることだったはずです。一度親が設定した安全圏にはいってしまえば、人生はある程度保証されるはずだと。それがもう通用しなくなる、その価値観を捨てなさい、現実を見なさいと、校長は説きました。

(中略)

 津波の前、岩手県大船渡市の海沿いの小学校に、高台に避難するための避難通路を作った市議がいました。市議は3年以上前から繰り返し「津波がきたらすぐに高台に逃げられるように、校舎の2階とすぐ横のが崖に出る道路をつなぐ橋をかけてほしい」と訴え、非常用通路ができたのは去年の12月でした。今回の大津波でその通路を伝って逃げた71人の児童は全員助かりました。繰り返し津波被害に遭ってきた地域とはいえ、400万円もの予算をかけて万が一のための通路を作るには、粘り強い説得が必要だったでしょう。用心深さは勇気です。最悪の事態に備えておくには、お金もかかるし「心配しすぎだ」という声もあるでしょう。それでも、生きていることが不確実な選択の連続であることを実感していれば、すこしでも命に関わるリスクを減らしておきたいと切実に考えるのは当然のことだと思います。その代わり、考えすぎだと揶揄されるリスクを引き受けるのです。企業や国のトップには、このような勇気を持つ人が必要だということをいまほど痛感することはありません。
 子どもが傷つかずにすむよう、親が「安全な」環境を用意し続けることは、危険を前にして「リスクはない」と現実から目を逸らす、脆弱で無責任な人間を作りかねません。もし自分の子どもを本当に守りたいのなら、安全圏にいる特権ではなく、人生は何が起こるか分からないという現実と向きある力を与えることです。物事の不確実さに耐えながら、より安全で確実な状況を作り出す努力をする、勇気のある人。これから日本を立て直すには、震災からの復興だけでなく、あらゆる社会制度や経済活動において、いままでの仕組みを壊して作り直すことが必要になるでしょう。そのときに失われる既得権益にしがみつくのか、新しい価値を作り出すことに挑戦するのか、あなたは自分の子どもにどちらを望みますか。

 これからの子育ては、たぶんそういう問いの繰り返しです。比較的恵まれた環境で育児をすることのできる親たちが、それを自問しながらこどもたちと向き合うかどうかで、30年後の日本の社会の成熟度は確実に違ってきます。30年後、つまりわたしたちの老後と、子どもたちの将来です。
 震災後、私が街頭でインタビューした新社会人たちはみな「人の役に立つ仕事をしたい」と言いました。「もうゆとり世代なんて言わせない。僕らはバブルも知らないし、ずっと不況の中で育ってきたから、こういうときにも強いんです」とある若者はいいました。私はその言葉に励まされ、彼らと一緒に新しい日本を作って行こうと思いました。
 社会の中枢を担う人材の多くは、教育に多額の投資をする家庭で育ちますが、教育費の高さと能力の高さは別物です。今子どもに求められている生きる力とは何なのか、世の中の役に立つ力は何なのか、多くの選択肢を持つ親ほど、地に足をつけてかんがえなくてはいけませんね。

 与えられる娘だった私たちが、与える母親になりました。生きるとは何か、幸せとは何か。安全とは、危険とは。やがて私たちの手を離れてひとりで歩いて行く子どもたちは、私たちとは違う風景を見るでしょう。彼らに、親が自分の古いアルバムを渡したところで、もう役には立ちません。彼らの見る風景に懸命に目を凝らして、同じ様に手探りで生きる親だけが、彼らが立ち止まった時に傍らで励ましてやることができるのだと思います。一緒に歩こう、子どもたちと。地図のない道だけど、大丈夫。あなたはひとりじゃないのです。手をつないで、未来を作ろう。

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