そして火葬の当日、朝6時半に起きました。


もう今日でお別れだと思うと、朝から胸が張り裂けそうな気分でした。

でも最後のお別れまで、母親としてしっかり後悔しないように過ごそうと思いました。


家族みんなで朝食を済ませ、こはるを棺に移す準備をはじめました。


長男がもう一度抱っこをし、2ショットで写真をとりました。

長男には、今日火葬をすること、

コロナウイルスの影響で火葬場にはお父さんとお母さんしかいけないこと、

おばあちゃんと弟と仲良く待っていてほしいこと、

こはるのお骨を持って帰ってくること、

全てを伝えました。

長男は泣くこともなく、「わかったよ。」と言いました。

棺には、こはるが寂しくないようにミッキーのぬいぐるみ、折り鶴、お花、家族それぞれがこはるに書いた手紙、家族写真をいれました。


棺に入ったこはると長男、次男の3ショットも撮りました。


そして夫とこはると私とで家を出ました。

行きの道のりでは、棺の蓋を開けてこはるに空をみせました。

そして、ずっとほっぺや手に触れていました。




予定の時刻より早めに火葬場につきました。




20分くらいしたら中に入れると係りの方からいわれたので、残された時間、車の中で最期の時間を過ごしました。

夫はこはるに触れながら泣いていました。

私も泣いていました。  



2人とも言葉は少なかったです。



6年前に17週で死産をしたとき、我が子の火葬が辛すぎて、もう二度とあんな思いはしたくないと思いました。


6年後再びまた我が子を火葬する日がきてしまうなんて、思ってもみませんでした。



残された時間が刻々と迫ってきました。



今回赤ちゃんの異常が発覚した時、大学時代からの友人の1人に相談していました。

私が泣きながら彼女に電話で赤ちゃんのことを話した日、彼女も一緒に泣いてくれました。


彼女は私の悲しみに寄り添って、いつでも話をきいてくれました。


ある日彼女から、良かったら聞いてみてと送られてきた曲、



セカオワの「rain」



何度も何度もきいていました。



この曲が好きで、最後こはると一緒に聴きたいと思い、流しました。


悲しいけれど、どこか心が温かくなりました。



そして、お別れの時がきました。


係りの方に、我が家の苗字が書かれた部屋に案内されました。


棺を台におき、こはるのお顔をみました。


係りの方「最期のお別れの時間です。」


私「こはる、ありがとう。大好きだよ。」

夫「こはる、ありがとう。」

2人とも涙でぐちゃぐちゃでした。


そして棺の蓋が閉められ、炉に入りました。


「こはる。待っていてね。ありがとう。大好きだよ。ありがとう。ありがとう。」

炉が閉まるまでずっと泣きながら声をかけ続けました。