「ごきげんよう」
ある日突然に管理している協会の電話から発せられた言葉。
その日から私の中では「ごきげんようのTOMOKOさん」になりました。
会うのは1年に1回くらいで最後にあったのは2017年の4月・・・
体調が優れないとは感じていましたが・・・
先日SNSで悲しい現実を知りました。
改めて思う
「人生は有限」「時間は有限」
「TOMOKOさん」
ごきげんよう!!
私にできることは多くはありませんが、できることを一生懸命にやっていきます。
昨日も滋賀のソーシャルフットボールチームの選手やスタッフを中心に大会を開催しました。
以前は自分が全部関わって進めていましたが、分担できることが増えてきて精神的には楽をさせてもらっています。
今日も児童スクールを開催しましたが、選手やスタッフを中心に進めてくれています。
来月からは本格的に児童スクールを再開します。
女性ソーシャルフットボールプレーヤーの普及と定期的な活動
児童スクールを委託ではなく地域で活動するスクールとして運営すること。
ここはスタートさせていきたいと思っています。
ただ、いろんな環境整備もしないと…
働き方も含め考えないいけません…
さてさてベルファでコソトレ頑張ります🐷🐷🐷🐷🐷🐷🐷🐷🐷
気がつけば2ヶ月以上更新していなかったなと・・・
ここ数ヶ月は怒涛な日々をすごしているなかで、ずっと心の中で気になっていることがありました。
人生の中で多くの方に影響を受けている中で、中学の時のサッカー部の顧問が一番影響を受けています。
怒るととても怖い先生で「おんしらの〜」と大きな声で怒られたものです。
ただ、いつも常に芯が通っている内容で怒られるので納得でき、笑うとホンマにガキ大将みたいな顔をしていました。
年間を通じて1回〜2回だけユニフォームを着て、一緒にトレーニングをして最後はヘロヘロで「エライわ〜」と言っていました。
中2まではGKだったので、顧問がGKトレでシュートを打ってくるのが週に数回、大会前は毎日約20分くらいあってバテると「お前は遮断機か」とよく笑いながら言われたものです。
中3からはFWに転向し、しばらくGKしかしていなかったせいもあり、技術も何にもなく、足も少しだけ早かった(今よりも40キロくらい痩せてました)ので、それだけで勝負してはオフサイドになり「お前はイノシシか」とこれもまた笑いながら言われたものです。
新チームになってからは、未だに謎なのですが、キャプテンになり、これまで以上に2人で色んなことを話す機会が増え、その都度真面目な話をしながら、急に笑いを入れてくるので不思議だなと思いつつ・・・
監督をしている自分が同じことをしているとき、人と話をしているときに、少しだけ笑いを入れたいのは顧問の影響かなと思っています。
担任ではなかったのですが、高校へ進学するときにもいい環境でサッカーもしたかったのと、その顧問になんでも相談していたので、自分が迷っているときに「ダイスケはどうしたい」「ダイスケの目指すものはなんだ」等々時間の限り話をしました。
ただ、その次の日に学校を抜け出してバレて、マジでしばかれると思いました。(どこに行ったのかは思い出せません)
サッカーだけではなく恋愛の相談や、アホみたいな話もよく聞いてくれました。
中学を卒業する日まで私生活のことを注意されつつも「ダイスケにはきっと明るい人生が待っている」「いつまでもダイスケらしく」と声をかけてくれました。
それから大阪へ上京したこともあり、会えない日々が続いき四半世紀が経った頃に急にSNSで再会・・・
時を同じくして同級生から「ガン」あることを告げられ、それから帰省したときに会い行こうと思ったら治療で他県に入院して会えず・・・
今年の正月に帰省しようと思いましたが、新規事業の打ち合わせで叶わず・・・
そこから帰ろうと思いながら・・・
その後も仕事などで帰ることができず、木曜日の夕方に実家から電話がなり・・・
2度と会えないことを告げられました。
最後に一目会いたいと思い帰ろうと思いましたが、
「ダイスケのことを必要としている仲間のことを考えろ」「ダイスケの人生を明るく照らしてくれている仲間と戦え」「中途半端なことしたら、また砂利道で正座させるぞ(笑)」
きっとこう言われるだろうと思います・・・
だから帰らず、金曜日は準備に、土日はピッチでは戦い、運営も携わり全うできたかなと・・・
帰省したときにサイコーのアミーゴとベストの戦いができたことを「サイコーのおんし」に伝えたいと思います。