只今、夏休みの真っ最中。

 

我が家では、朝7時頃から子供と一緒に宿題をやっています。

 

 

これは、そもそも子供の発達のために線をまっすぐ引いたりしていたことの延長線上の訓練でもあります。

 

 

子供が質問してきました。

 

「なんで勉強しなければならないんだ?」と。

 

「なんでだと思う?」と私。

 

 

「パパは勉強ができるようになってほしいんだよね?」と彼。

 

「いいえ。」と私。

 

 

「パパが勉強を教えたいんだよね?」と彼。

 

「いいえ。」と私。

 

 

答えが出ない感じなので、私から質問。

 

「君は何になりたいんだっけ?」

 

 

「恐竜博士。」と彼。

 

 

「そうか。僕を磨くためにやってるんだね。」と彼。

 

 

「そうだね。ちょっと恐竜博士のことを調べてみたら、恐竜博士は、分布を使った算数、地質、生物、つまり地球に関することを知っておく必要があるみたいだよ。自分の考えを発表するために文章に起こさなければならないし、それを世界に広めるなら英文で書かなきゃいけないようだよ。」と私は彼に伝えました。

 

 

私の仕事の一つである保険商品開発の作業手順は、論文づくりに似ています。

 

小学校で習う国語の内容を見るに、私が常に行っていることの基礎をやっている感じです。

 

我が国の教育のゴール設定は、論文までを意識しているのかもしれません。

 

恐竜博士を目指している息子には、肌感覚だけでも伝えたいものです。

 

 

 

それにしても、息子が自分の夢をいえるとは羨ましい限りです。

 

もしかすると豊富に読んだ本の影響かもしれません。

 

 

 

小学校2年のとき「将来の夢」を書く宿題がありましたが、私には、なりたい夢や仕事はありませんでした。

 

従兄と一緒に、その宿題をやっていて、従兄はケーキ屋さんになりたいと文書を書き、そしてケーキショーケースの後ろに立つ彼女自身の姿を描きました。

 

私は、結局、父と同じ仕事につきたいと書き、仕事内容が分からないので、従兄と同じような絵を描いたことを覚えています。

 

 

父は公務員です。

 

 

 

親ができることは然程ありませんし、最後は彼が選択することです。

 

 

生きていくことの基本路線を18歳までに教えられならと思ったりもします。

 

 

18歳までの期間は、長いようで、想像以上に短い気がします。