高部あいっていう子がいます。

美少女クラブ31の中の人らしいです。
実は自分はグラビアとかあまり見ません。
見る機会がないです。
なのでこの子を最初に知ったのは
『夜のピクニック』という青春映画でした。

その中でこの子が演じた「内堀亮子」という役は
男子に人気の女の子で、
悪気もなく色んなクラブのエース級の男子を瞬く間に落としていきます。
この役をこなすのに必要な条件は
・人気者という役どころにふさわしい容姿
・男子に甘える声
・男子には好かれるが女子にはちょっと・・・というブリッ子ぶり
・ブリッ子ぶりや計算ぶりを嫌味にみせない雰囲気
というところでしたが、
彼女にはとてもはまっていました。
うまいのかうまくないのか分からない演技でしたが
他の同年代の俳優さん達の中にあっても
光っていたといってもいいのではないでしょうか。
ちなみに共演は多部未華子、西原亜紀、貫地谷しほり等
若手ではそうそうたるメンバです。

その後とても気になったので『真夜中の少女たち』というDVDを借りてみました。
これは4話?5話のオムニバスなのですが
彼女はそのうちの1話で主役でした。
元々主演した人たちのプロモーション的意味合いの強い作品なのだと思いますが
それにしても高部あいはよく撮れていました。
その後映画「ワルボロ」も見ましたがこの「真夜中の少女たち」が
彼女を単体で見るには一番よい作品だと思います。

ただ3作に出演していますがそれらを見ると
・基本的には演技はうまくない。
・無邪気に笑う、しょぼんと落ち込む、など幼くて無邪気な演技はできる。
と、感じました。

この後彼女はどこに向かうのかはわかりませんがもうすぐ20歳。
グラビアにいくのでしょうか。
役者としてがんばって行くのでしょうか。
自分には正直グラビアがあっているようには思えないです。
グラビア的表情はあまりうまくないです。

個人的はグラビアではなく演技をがんばって欲しいと思います。
うまくなくても、
その天性の天然ぶりがいつか怪演と呼ばれる日がくるかもしれません。

今日でおニャン子クラブが解散してから
20年という年月が経過しました。
気が付けば「おニャン子クラブ解散後」という期間は
とっくに自分の人生の半分以上を占めています。

当時中学生だった自分は当然のように
おニャン子クラブを愛し
毎日夕やけニャンニャンを心待ちにし、
ときには親友と2人でコンサートのPPPHの練習をしてたり
しました。
いつか会員番号は3桁に達するだろうと疑いもしませんでした。

そんな純粋だった1987年の少年にとって
解散発表はあまりにも突然で、
事態がよく把握できなかったことを
覚えています。

6月半ばに夕やけニャンニャンにて解散宣言
8月はじめから全国縦断ファイナルコンサートツアー
8月終わりに夕やけニャンニャン終了
そして9月20日に
全国縦断ファイナルコンサートの最終日があり
おニャン子クラブとしての活動が終わります。

自分は幸い8月半ばに大阪で行われたコンサートを
観ることが出来ました。
そのときは嬉しくて楽しくてひどく興奮しました。
今までの人生で最高の瞬間だとさえ感じました。

その興奮冷めやらぬ中、家に帰り、
相当疲れていたのかやけにぐっすり寝て、
そして起きたときから、急に涙が止まらなくなりました。
その時やっとおニャン子クラブが
解散するということを理解できたのでした。

9月20日のファイナルコンサートはビデオ・DVDにも
なっていますがこれはノーカット3時間という
普通ではあまり考えられない構成になっています。
この3時間を一言で表すと「怒涛の3時間」です。
これでもかというくらいの名曲オンパレードです。
自分はこのDVDを年に1回は見ることにしています。

そのファイナルコンサートの終盤、
代表として国生さゆりがマイクを持ち、
涙ながらに訴えます。
「今ここで歌っている私たちを忘れないで、
 そしてみんなも元気でいつまでも元気で」
おニャン子クラブ解散による自暴自棄や自傷行為を
心配したのかもしれませんが、
とりあえず自分は20年間元気に生きてこれました。
色々とあったけれどおかげさまで無事に暮らしています。
そして忘れることなく今年もその言葉を聞いています。
と、いうことを年に1回確認することにしています。

彼女はおニャン子クラブという存在を
このように言います。
「みんなが作ったおニャン子クラブ」
と。
おニャン子クラブというグループは
バブル時代におけるテレビ局の「ノリ」と
それに本気でノッたファンが作り育てたものです。

プロフェッショナルとは思えない歌、踊り、
メディアでの振舞いにより、
同級生的存在のアイドル、というような言われ方をしますが
それは間違ってはいないでしょう。
身近に感じる存在だからこそ応援したという一面もあったでしょう。

しかし彼女たちがプロであったなら、
われわれファンはテレビ局にノることはなかったと思います。
身近であるかどうか以前にアマチュアであるからこそ
我々ファンとテレビ局はノることができたのです。


テレビ局は彼女たちの解散を決意しました。
この辺りの事情は定かではありませんが、
彼女たちがアマチュアであったことも理由の一つかもしれません。
それは分かりませんが、解散を決意し、
そして彼女たちとファンにとっての最高のステージを
用意しました。

そして彼女たちを持ち上げることに
片棒をかついだファンは
その最後のステージのクライマックスで
自発的に万歳を合唱します。

自分たちが応援し育ててきたおニャン子クラブについて、
それに答えて大きく育ったおニャン子クラブについて
そして彼女たちの未来について。
そのときばかりは彼女たちも深々と頭をさげるしか、
ファンにこたえるすべがありませんでした。

このように感動的で奇跡的なコンサートが生まれました。

たった2年半の活動期間で解散してしまったおニャン子クラブですが
20年たった今でも年に1回、
ファイナルコンサートの行われた代々木体育館に集まって
そのコンサートのビデオを流してあの頃のように応援し
偲んでいる人たちがいます。

今日、自分はそれに10年ぶりに参加しました。
伝説、とさえ言われるおニャン子クラブですが、
20年たった今でも伝説は続いていました。