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昭和56年 6月~8月・・・
デビューできることは決まりましたが、その喜びもつかの間・・・
発売までの間にどうしてもしなければならないことがありました。
『次回作』
これはタイヘンです。
『学クンの逆襲』 は、スンナリと決まりましたが、
言ってみればストックがゼロの状態。
前回、ダメ出しを食った、不良と老教師の話・・・これを立て直して
何とかモノにしようと必死でした。
自分にはギャグストーリーが向いているな、と感じ、
当分その路線に絞って頑張ろう!と心に決めました。
とにかく主人公の目・・・・
『もっと
キ
ラ
キ
ラ
させて!』
これが奥脇さんから命じられました。
あんまり少女マンガみたいにキラキラさせるより
アッサリしていたほうがいいと思っていた自分には
難行苦行でした・・・
これだけは譲れない!と言う部分で、
どうしても最後まで奥脇さんと
噛み合わなかったのが
この点でした・・・
ともかく、何とかペン入れまでこぎつけ、
8月14日に完成しました。
これを持って行って・・・
さぁ、デビュー2作目となるかどうか?
6月30日に持っていったネーム、一箇所修正をして
7月某日にOKとなり、8月5日にペン入れ決定。
夏休みと言うこともあり、10日程度で描き上げています。
7月18日に発売となった増刊号の事には
全く触れていません。
それどころじゃなかったんだろうなぁ、焦って焦って・・・
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またまた更新がすっかり空いてしまいました・・・
どうにもシゴト(会社)が忙しくてたまりません。
このページへのアクセス数、『2』 なんて日もありました(笑)
(そのうち 1 は自分です)
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さて・・・
昭和56年4月・5月・6月・・・・
この間、ネームを3本描いています。
月1本のペース。
●燃えてキャッツアイ
少年野球チームでショートを守っている主人公。
いつもエラーばっかりでチームに迷惑をかけていたのですが、ヒトに乗り移る能力を持つ
不思議なネコと出会って、動物的な動きで大活躍!
●情報屋ヒョウ
情報屋と刑事のアクションもの。
擬音の描き方や演出は、大ファンだったワイルド7からだいぶいただきました(笑)
●老教師は死なず!
不良たちと、老いぼれ先生の人情学園もの。
・・・・どれもパッとせず、ペン入れには至りませんでした。
最初の『学クンの逆襲』はスムーズに行ったのに・・・
で、その『学くんの逆襲』ですが・・・
7月増刊号に
掲載決定!!
デビューが決まりました!
6月にネームを持ち込んだ時、増刊掲載の
うれしい知らせを奥脇さんから聞かされました!
(続く・・・)
昭和56年3月・・・・・・・
下のほうに載せている写真のとおり、この頃のキロクには、『学クンの逆襲』 の、
ペン入れ進行表が書いてありました。
26日からの進行表を見ると・・・自分でも正直なところ、『遅い!!!!』
よく見たら部活の『通い合宿』やら、部活の活動資金稼ぎのアルバイトやらがどうとか、
メモが細々と入っています。
なんのバイトだったんだろう・・・
そういえば、よく引越し屋さんのバイトをやらされました。
確かに、春休みなので、そうだったのかも・・・
そういえば、都営住宅の4階から、別の都営住宅の4階への引越しが
すごくキツかったのを覚えてます。
なにしろ、エレベータがなくて、階段が狭い。
背負った布団袋がつっかえて、どっちにも動けなくて間抜けなサンタのようになってしまい、
運転手さんから
『なーにやってんだぁ、おまえは・・・』 と笑われたっけ・・・
ともかく、4月1日に奥脇さんのところへ原稿を届けてひと段落。
これからも月一本はネームを持ち込めるように、と励まされ、
早速、次回作の構想を練るのでした・・・
ただ・・・キロクにも書いてありますが、絵に対する評価として、
『人物の目が今ひとつ』
と言われています。
このことで、このあと苦しむことになるのです・・・
『人物の目が今ひとつ』・・・・
うーん、自分のこだわりが裏目に出ることに
なるとは、夢にも思っていませんでした・・・
(・・・・続く)
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多忙につき、更新が滞っていました・・・忘れられてるかもしれないという
恐怖に怯えつつ、久々の投稿です。
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昭和56年3月3日~3月17日
この期間、バタバタとめまぐるしい動きがありました。
『学クンの逆襲』 3日にネーム完成、すぐアポをとり、5日に編集部へ。
この作品には、ギャグもいろいろと混ぜてあり、一番自信のある箇所で
奥脇さんが笑ってくれたら自分の中ではボツになってもOKとしよう!と決めていました。
それは・・・(文字にすると大したことないんですけど)
ボクシングのシーンで、ひ弱な主人公・学くんが、インターハイ出場の経験もあるライバル?に
メッタ打ちされているシーン。
ロープに詰められ防戦一方、遠のいていく意識の中で、一発繰り出したパンチは、
グサッという音と共にライバルのアゴへ。 飛びのくライバル。
ページをめくると、ニヤリと笑った学クンのグローブには、栓抜きがキラリ!
『う・・ぶっ!』
奥脇さん、笑いました!
そして読み終わって・・・
『うん、特に・・・問題ないね。 点数・・・70点くらいかな。
でも、最初にしてはイイよ!』
『あ・・ありがとうございます!』
『早速、上のヒトに見せるから。OKならペン入れしてもらうよ。
来週いっぱいくらい待っててください。連絡しますから。』
『はい、ヨロシクお願いします!』
そして、約束どおり次の週末に連絡が来て、ペン入れ決定
もうひとつ、3月18日に電話が来て、うれしいニュースがありました。
前回、フレッシュジャンプ賞に回してもらった、
『ビバ!インディオ!!』が、佳作に入りました!
次々とうれしいニュースが・・・
ホントにこの時はうれしかったなぁ・・・
(・・・・続く)
昭和56年2月24日
さて、『学クンの逆襲』 を描き進めていたのですが、
やっぱり、ヤングジャンプ頓田さんに見せたインディオ少年の話を、もう一度ジャンプの奥脇さんに
見てもらおう・・・なぜかそう思いました。
今度は、編集会議とぶつかることもなく、無事に会うことができました。
奥脇さん
『ん~・・・やっぱりテーマがちょっとちぐはぐかな。
インディオの主人公と、不良たちの友情をテーマにしてあるんだけど、
時々、本筋から外れて話が展開してる。
せっかくのアクションシーンが空振りになっちゃってるね。
本筋にきちんと沿うことが大事だよ。
出だしも、SFチックに見えるし・・・この辺は画力の問題かな・・・』
いわれることは、いちいちもっともでした。
まさにその通り・・・グサッと納得しました。
『はじめっからジャンプで見てもらえばよかった・・・』
正直、そう思いました。
『まぁ、それなりに完成はしているんで、これは今月の
フレッシュジャンプ賞に応募作品として回しておくよ。』
『はい、よろしくお願いします!』
『次回は、31ページの下書き(ネーム)を描いて見せて下さい。
テーマは、任せるから。頑張って!』
具体的な批評だったので、非常にやる気がおきました。
ヤングジャンプ用に24ページで描いていた作品、『学クンの逆襲』・・・これを
31ページのネームにして、見てもらおう!
そう決意しました。
漫画に関わる人生の中で、一瞬、キラメくことができた日が、
だんだんと近づいていました。
(続く・・・)
昭和56年2月16日
深夜、ようやくインディオの話ができあがりました。
ジャンプ編集部に電話して持ち込んだのですが、もぬけの殻。。。。
編集会議中で、全員しばらく戻ってこない・・・ということで、
隣のヤングジャンプの編集部の頓田さんが対応してくれました。
頓田さん
『今ひとつキマってないなぁ・・・あ、これ31ページだね、
ウチ(ヤングジャンプ)は新人は24ページってなってるから、
今度24ページ描いて持ってきてくれる?』
・・・・アッサリボツでした。
ただし、
『ウチも、まだ若い雑誌だから、描き手を募集中なんだよ。
チャンスはいっぱい あるからね!
どんどん持ってきて欲しいなぁ。。。 よろしくね!』
と、メチャメチャ明るく言われました。
・・・そうか、ヤングジャンプの方が、確かにチャンスは多いのかもしれない・・・
グラッと来ました。
少しでもチャンスの多い方に・・・そんな気持ちが湧き上がってくるのを感じました。
24ページか・・・・サンデーでさんざんネームをやったページ数なので、
感覚的にはすぐ作れそうだ・・・
そして、ガリ勉少年を主人公にした、ちょっと馬鹿馬鹿しくも切ないドタバタコメディーを
書くことにしました。
『学クンの逆襲』 です。
左ページに、ヤングジャンプ編集部の
頓田さんとのこと、
右ページには、頓田さんに刺激されて、
ヤングジャンプに持ち込むために
描き始めた、『学クンの逆襲』のことが
記されています。
一日でネームをまとめ、
それから5日でほぼ完成にこぎつけています。
なかなかのスピードです。
昭和56年2月・・・
年も明けてしまいました。
ジャンプ編集部で奥脇さんから頂いたアドバイスを元に、
スローペースで創作を続けていました。
なかなかまとまった時間が取れず、ちょっと緊張感もなくなり、
以前のようなスピードがなくなっていましたが、
気持ちだけはメラメラと燃えていました。
吼えています。
インディオの話を描き直しています。
突然、今までのボツ作品のリストをキロクしています。
ずいぶんと描いたものです・・・
そして、2月になってようやく作品ができあがりました。
ジャンプ編集部へ、二回目の持込みをすることになるのです。
(続く・・・)
昭和55年8月25日
集英社、少年ジャンプ編集部への第一回チャレンジです。
どうやってアポを取ったのか覚えてないのですが、(もしかしたら随時OKだったような気も・・・)
サンデーに最後に持ち込んだ作品を持って訪問しました。
(同じ作品に対して、どのようなことを言われるのか興味がありました。)
出て来てくれたのは、奥脇さん。
ジャンプの漫画の中には、よく編集の人が脇役で出てくることがあり、
奥脇さんも 『1・2のアッホ!!』 (作:コンタロウ) というギャグ漫画の中に
しょっちゅう出てきていたので、初めて会うような気がしませんでした。
僕
『これ、実は一度他の出版社で見てもらったものなんですが・・・よろしくお願いします。』
奥脇さん
『ん、そういうのはゼンゼン構わないですよー』
淡々と見て・・・
奥脇さん
『・・・・・どんな批評だった?』
僕
『まず、古臭いと・・・ あとは人と人とのやり取りを・・・』
奥脇さん
『古臭い・・・っていう感じは特にないよ。
要は、テーマのとり方、題材の選び方だよ。
たとえば、ウチのジャンプの漫画は、友情・努力・勝利
・・・わかりやすく言えばそれがテーマ。
それを描くために、題材が野球だったり、テニスだったり・・・まぁ中にはゼンゼン違うタイプのも
あるけど、基本はそういうこと。それに尽きる。
この作品は・・・・そういう意味ではテーマのピントがちょっと合ってないかも。
合ってないと言うか、絞りきれてない感じかな。
描きたいことをたくさん詰め込んで、消化不良気味かもね。』
・・・・・・あぁ、目からウロコでした。
もちろん、作品は不採用でした。
ですが、急に目の前が開けたような気がしました。
しばらく、じっくりと腰をすえて、新しい作品を創ろう・・・・・
そう決意したのでした。
当時のキロク・・・
左ページで、思いっきり奥脇さんを褒めちぎっています。
ゲンキンなものです(笑)
右ページで、いきなり数ヶ月飛んでいます。
何があったのか覚えていないのですが、
色々と忙しく、創作に時間を取れなかったのかもしれません。
サンデーとは縁が自然消滅することを望む・・・なんてエラそうに書いていますが、
自然消滅を望んでいたのはむしろサンデーの方だったのは言うまでもないでしょう。
『カエルが燃えるとき』 というのは、望月三起也先生の自伝漫画です。
大ファンだったので、何かに掲載されていたのを切り抜いて、大事に持っていました。
ここから、PART3 復活爆進編 なんてタイトルを、あとからつけています。
決してそんなにうまくいかなかったのですが、その頃はうまく行くと信じていたのでしょう。
今の僕から見たら、ジャンプ編集部・奥脇さんと出会ったこの日、ここで何かの予感を感じさせて
第一部・完 です。
そして、次回から第二部・・・かな?








