その年の春、楽器と小さなバッグひとつ持ってニューヨークに出てきた俺はまだ22才。
駆け出しの若造だ。
もちろんプレイにはそれなりに自信はあったけど、ビッグネームたちがひしめくニューヨークの街で、自分がこの先ミュージシャンとしてやっていけるとは、とても思えなかった。そんな頃、街角に一人で暇そうに立っているバードを見つけたって訳だ。
それまでにバードの演奏は何度も聴いていたし、ジャムセッションで一緒になったこともあったけど、話をしたことは一度もなかった。何たってあっちはピラミッドの頂点に立つ人で、こっちはそのピラミッドを積み上げる石を運んでるってくらいの差があるから(笑)、恐れ多くて話しかけることなんかできなかった。
このチャンスを逃す手はない。俺はバードに歩み寄って行くと、ガチガチに緊張しつつ、失礼のないようにきちんと自己紹介をしたんだ。そしたらバードはね、
「ああ、知ってるよ。週末にバードランドで会ったよね」
バードが俺のことなんか覚えてくれている訳がない。この人はイナカ出の若造に恥をかかせまいと気を遣ってくれてるんだ、優しい人だな、と思ったら気が楽になった。もっと話してみたくなった俺は、大胆にもバードをランチに誘ったんだよ。もしよろしかったら、ご馳走したいんですが。お金もちゃんと持ってます、って(笑)。
「ありがとう。そりゃ嬉しいな。じゃあ、ご馳走になるか」
で、二人並んでダウンタウンへと歩き出して行った。(続く)