Stupid Cupidはコニー・フランシスが1958年にリリースした曲で、邦題は『間抜けなキューピッド』♫
コニー・フランシスの曲は弘田三枝子、中尾ミエ、伊東ゆかりなんかがいくつもカバーしているけれど、この歌は森山加代子♪
チャーリー・パーカーについて聞き書きでは「バード」、当方自身の話の中では「パーカー」と呼んでいます。ときどきはパーカー自身が語ったりもしますが、ご容赦を♪
Stupid Cupidはコニー・フランシスが1958年にリリースした曲で、邦題は『間抜けなキューピッド』♫
コニー・フランシスの曲は弘田三枝子、中尾ミエ、伊東ゆかりなんかがいくつもカバーしているけれど、この歌は森山加代子♪
これも、弘田三 枝子の持ち歌!という感じなんだけれど、元歌は
イギリスのヘレン・シャピロが1961年に歌ってヒットした曲♫
弘田三枝子も同じ年にこの曲をリリースしているが二人とも当時14歳だったのだそうな。このままただただ歌い続けてくれればそれで充分!と外野は思ってしまうけれど、才能があって若くして世に出てしまった人が背負う重荷は、並大抵ではないのだろう♪
I'm gonna knock on your door,ring on your bell♫という忘れられないフレーズから始まる『恋の売り込み』は伊東ゆかりのオリジナル!と言いたくなるくらいなんだけれど、元歌は『コーヒーデイト』と同じくエディ・ホッジスなんですね♪
こんな曲もありました。元歌はエディ・ホッジスというアメリカの歌い手さんだけど、飯田久彦の歌しか聞いたことがない♫
さて、エディ・ホッジスには、もうひとつ有名な歌があります♪
なんとなく忘れてたけど、あの頃こんな歌も流行っていた♫
あの頃のポップスは日本人が日本語で歌っているのを家族そろって茶の間のテレビで見ている、というのがごく当たり前だった。歌い手さんはザ・ピーナッツだったり森山加代子だったり弘田三枝子だったり中尾ミエだったり伊東ゆかりだったりパラキンだったり九ちゃんだったり…。この歌も「水玉模様のビキニスタイル」という部分をよく覚えている♪
田代みどり!可愛くて、人気ありました♪
ビリーバンバンを調べていて、ブレッド&バターを思い出した。
ビリーバンバンと同様にご兄弟のデュオ。高校生の時、同級生の女子がこの歌を口ずさんでいたのを覚えている♪
唐突に、何の脈絡もなく(笑)クリス・モンテスという名前を思い出した。たしか『愛の聖書』という曲を歌っていた♫
これ!1968年のリリース♫調べてみたら、この曲をビリーバンバンがカバーしていると知った。
こちらは1969年にリリースされたアルバムに収録されていたようだ。中学生の時(1965年頃?)、日比谷の野外音楽堂(日比谷野音)で開催されたフォークジャンボリーでビリーバンバンのステージを観ている。プログラムには、後のせんだみつおがコンガを叩いている三人組の写真が載っていたが、ステージは菅原兄弟の二人だけだった。他に関西から来たフォーク・クルセイダース、あの早川義夫のジャックスも登場した…往事茫々♪
唐突に、何の脈絡もなく、ボビー・ゴールズボロという名前を思い出した。たしか『ハニー』という曲を歌っていた。
というわけで調べてみるとBOBBY GOLDSBOROはカントリー系のアメリカの歌い手さん♫この『HONEY』は1968年にリリースされて、彼の最大のヒット曲となったそうな。初めてきちんと聴いたけれど、まだ歌が続いているのにフェイドアウトして終ってしまう。果たしてこれでいいんだろか(笑)♪
昨日すこし触れたビートルズのアルバム「リボルバー」Revolverを初めて聴いたのは中学生の時だった。クラウス・フォアマンの手によるモノクロームのジャケットからは、手にしただけで新しい世界が広がって行くような波動が伝わって来た♫
For No Oneはポール・マッカートニーの曲だ。別れた彼女を思い出にはできないから、永遠にそこに在るものとして「歌」にする…そんなふうに感じている。リボルバーの曲はすべて好きだけれど、ポールの歌で一番好きな曲を、100日目の記念に♪
マンフレッド・マンというバンドにあまり興味はなかったが、ビートルズのハンブルグ時代の友人であるクラウス・フォアマン(後にアルバム「リボルバー」のジャケットデザインを担当した)がベースを弾いているのは知っていた。歌はボブ・ディランの書いた『マイティ・クイン』が記憶に残っている♪