ブログネタ:思い出のバイトは?
参加中楽しかったのは・・・
アルバイトは結構、種類をこなしています。タイトルのとおり
恋愛経験より遥かに豊富
です。知り合いのところで働いたことなどを除くと初めてのアルバイトは高校1年にやった
高級中華料理店の皿洗い
でした。その後、
高校2年では お歳暮の仕分け 、
高校3年生では工事作業員 (これは1日しかもたなかった)などを経験し、
浪人中は(親にナイショで) 喫茶店のウエイター をやっていました。
大学に入ってからは、 学生生協のイベント協力委員 をはじめ、
家庭教師 (これは『沖縄の東大』である琉球大学の学生という地位が非常に効きました)をやりつつ、
実家に帰ったときには、1年次で プールの監視員、
2年次で デパートのオモチャ売り場の販売員 (セガから高島屋へ派遣された。売り場販売協力というポジション)をやりました。
その後、大学の3年次で家庭教師と コンビニの深夜勤 を掛け持ちしている時は、仕送りを除いてもバイト代だけで年収100万円を上回りながら家賃1万8千円(しかも電気・ガス・水道代込み)のシャワー・トイレ共同のアパートにいたので今より金持ちでした(仕送りを別に月々6万もらっていた)
コンビニのバイトは卒業まで続けましたが、その間にも 修学旅行の添乗員 のアルバイトを3回ほどやり旅行会社にコネが出来たのですが、コンビニにそのまま就職してしまいました。なぜなら
一番楽しかったから
現在と違い、夜間の勤務はほとんど店番で納品されるのは弁当類と雑誌ぐらいですから、ノルマの掃除などを終らせれば後はヒマで雑誌は読み放題でしたし、廃棄のお弁当やおにぎりで食費は浮くし(一時期同級生を6人養っていたことがありました)昼間や夕方勤務の女子大生(他の学部や他の大学の子)と仲良くなれるし、いいこと尽くめでした。
入社してからはアルバイトの掛け持ちは禁止なのでしていませんでしたが、21世紀を前にして、一時期会社を離れた時は 世界の○マザキ でパンを作っていました。この経験は今でも商品作りや商品選定に役立っています。
将来を決めたアルバイトもありましたが、重ねてきた経験は色んな局面で役立っています。だから
その一つ一つが大切な思い出ですね。