違った面から考える
今日9月29日は『教科書検定撤回県民大会』が沖縄県宜野湾市で行われています。内容について私がつたない知識を述べても仕方がありませんので、この検定の判断根拠になっている『沖縄戦自決の冤罪裁判』について意見を述べさせていただきたいと思います。
この裁判は沖縄戦当時の守備隊長とその遺族が『集団自決についての表記に誤りがある』と岩波書店と作家大江健三郎氏を名誉毀損で訴えているものです。
内容としては『死にかけのジイサン』が(いまさら)証言していることで、集団自決の指示を日本軍は出していないということを証明したいということなのですが、客観的に見て証言している人たちが原告、被告共に高齢であるためお互いがそれぞれの証言を信憑性がないと主張している泥仕合です。
ただ原告側の証言は信用しろというほうがムリだというぐらい自分勝手なものです。
① 原告が高齢でその証言自体が信憑性に乏しい。また遺族の証言は戦後の伝聞であり都合よく改ざんされている可能性が高い
② 原告弁護団や支援している連中がよりどころにしているのは曽根綾子の著書にある『沖縄戦での集団自決は神話である』という考えであるが、曽根自体が元ペルー大統領のアルベルトフジモリを日本で匿うなど右傾化された人物であり、その考えの根拠となる具体的な質問からは逃げ回っているような輩なのだ。その考えについて議論する必要もない。(思い込み)
③ そもそも原告の日本軍守備隊長(とその遺族)は軍名である渡嘉敷島、阿嘉島の守備に失敗し、部下や住民を死なせている。その責任を棚に上げ自分だけの名誉回復を図ることを卑怯といわずして何というのか?
帝国軍人であれば玉砕という方針であれば自ら死を選ぶべきであるし、島の住民を守るために自らを犠牲にして投降し住民の安全を米軍と交渉するということも(守備隊長という権限があれば)考えられたはず。そのような者の証言に何の信憑性も無い。(敗軍の将、兵を語らず)
つまりこの裁判自体が身勝手な老人と家族が起こしている意味の無いものであるのです。しかしそれを国を右傾化させたい連中が(職務放棄したどっかの坊ちゃんもその一人)担ぎ上げて教科書を書き換える材料にしているのです。
この全く意味の無い裁判の原告達を明治の大日本帝国陸軍を作り上げた先人達はどう思ってるのでしょうか?おそらくこう言うでしょう。
貴様らは軍命を全うすることもできず、天皇陛下の御子たち(国民は昔そうだったらしい)死に追いやった挙句自らが生き残ったのは結果を報告する責務があるためだという詭弁を振りかざし、自らに都合のいい証言を言い放っておる。この後天命を全うした際に、自分が死なせた部下や住民達にどのような顔で会うつもりでおるのじゃ?今すぐ黄泉の国に来て、戦死した同胞や部下、自らが守りきれなかった住民達に詫びに来い!
彼らは軍人としても人としても最低のようです。それを利用しようとするヤツラも同じ穴のムジナです。現首相の『ぬらりひょん』閣下はそこまで頭が悪くないようで、検定自体は穏便に修正される(お互いが傷つかない程度の玉虫色の表現で落ち着く)でしょう。
暑い中決起集会にお集まりの皆様、ご苦労様です。