皆様こんにちは
cpm養成講座生のSAORIです
①の続きです![]()
自分の送り出した思考は現実化していて、それは良いことも悪いことも全てということになります。
全ての思考は現実化しているけれど、それはもう自動運転化されていて、何を送り出しているかなかなか自分では気がつけない。
思考が現実ということは、現実を見れば自分の送り出している思考がわかる、と考えます![]()
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私のパターンは、
●「人の気持ちも考えず、自分だけ得をしようとする人」
●「迷惑する人」
を作り出していました![]()
まずは、そのパターンが最初にできたシーンを探しました![]()
小さい頃、母に、「あれを買ってよ、あれをしてよ」と言うと、母は、
「じゃあお片付けはちゃんとするのよ」と言っていたのに、結局買ってもらうだけ、やってもらうだけで約束を守らない自分がいました。
しかも、この子は、お母さんなんだから、そうしてくれて当然と思っていました。
このパターンは、中学生になっても、大人になっても心の中で、やってもらって当然と思っている限り続き、繰り返して行きました。
実家にいた10代の頃、自分の部屋が散らかってきたら、面倒になって、部屋のゴミを部屋の外の廊下に出して、母に回収してもらったりもしていたことを思い出しました。ひどい![]()
大人になり、社会に出た私は、一人暮らしもしているし、そんなあからさまなことはしていないので、すっかり一人前気取りです。
しかも、母に人に何かを買ってもらってはいけないと言われて育った私は、やってもらって当然という心を持ちながら、ただやってもらうことを我慢をしていただけということも判明しました![]()
最初のシーン、
お片付けをするのよ、という母との約束を守らない小さな私に、
「お母さんとの約束を守るんだよ、お母さんとの約束を守ることは、お母さんを大切にしていることになるし、自分も大切にしてもらえるんだよ(母も自分)」と話しかけ、
母の約束を守り、母も私も二人とも笑顔のシーンをイメージしました。
母に心の中でたくさん謝り、やってもらって当然と思わず、母のお手伝いをしたり、お片付けや掃除、着替えなど、自分のことを自分でやる小さな自分もイメージしました。
それが本当のことに思えるまで、何度も何度も繰り返しイメージしました。
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(無理矢理人から得たものは、得をしているようで、損なのかもしれないなあ。)と思った私は、日常でも、
自然に何かしていただいたり、恩恵にあずかれることはそのままに感謝して受け取り、
無駄に、自ら取らないことを意識しました。
自分の家じゃないからと、水を出しっぱなしにしたり、無料だからと必要以上にもらって帰ることも、実家に帰った時も、何かしてくれようとする親から何かをして貰いすぎない、掃除したり食事を一緒に作ったりと変えていきました。
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そして、その後は、出すことを意識していきました。
仕事でも無理しすぎない程度にですが、いつもより自分にできることを考えて働いたり、自分の持っているリソース、知識や能力を人に提供したり、公共の場所の掃除を多めにしたり。
その時に、やってあげていると思わずに、やると気持ちが良いなという感覚でするようにしていました。
そうしていくうちに、人の気持ちを考えずに得をしようとしていく人は、徐々に徐々にグラデーションで私の現実から減って行き、
気前よく人に与えていく人が増えて行きました
(周りの人=自分)
自分が送り出した思考は(行動も)、周りから返ってくるので、目の前の人(Aさん)から返ってこなくても、BさんCさんDさんといろんなところから返ってきました。
いつもありがとうという気持ちで人に接したり、仕事をしていると、ありがとうとひょんなところから返ってきたりします。
メッセージ付き嬉しい
なぜいただけるんですか?と聴くと、「誰にも言えない話聞いてくれて嬉しかったし、使ってくれてそれで喜んでくれるのが嬉しいし」と言っていました。
自慢ではなく、こういうこともあるよということが伝えたくて書きます。
この頃はスタバのカードを他の人からもいただき、総額一ヶ月分くらいになりました。(どんだけ飲みたかったんだ
)
これは一例ですが、他の人からも、いつもお世話になってるから、とか、頑張ってるから、とかリラックスしてね、とかという理由で、化粧品やプロテインの袋、欲しかったブランドのお皿セットに不思議とたくさんの頂き物をするようになって行きました。初めて会った人から「誰かにあげようと思っていた」という理由で、30種類くらいの化粧品が詰まったボックスをいただいたときはびっくりしました)
パターンを変えた話はここまでで、
まだ続きます![]()
長い文章、
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました![]()