まじくるブログ【釧路】 -160ページ目

「すきだらけ」の世界である。そうである。ふむ。

あんなに眠たかったのに・・・。

てるです。

もう明けて8月になりましたね。


行き詰まり感が半端なくなってきました。

どうしようかなぁ・・・。

あぁ、煮詰まっている。


もし今のこの思いが自分自身の世界を拡張する種になるとするなら、いいんだけどなぁ。

物事に無駄なことなんかはないと思っています。

けっこうネガティブにモノを見ることが多いですが、これは自分の経験から考えてみてもその場面ではよくわからないことが自分にとってすごく勉強になっていることがよくあります。

たぶん、こんなことは無駄だよなぁと一つのモノに向き合うことができないから無駄になってしまうのであって、ちゃんと振り返ったり言葉にしてみたりすることで他につながるのではないかと思うのです。


自分にはできることは限られているし、そもそも、そんなに多くはありません。

フワフワと説明文書に向き合いながらそんなことを考えていました。


チャンチャン。


明日からは釧路にある高等専門学校の学生がインターンシップに来ます。

懐かし感と大先輩たち。

まずはこちらをご覧ください。

$まじくるブログ

どういうことだか伝わりますか?

そう、写ってほしいところに写らず、なんとか外付けで応急処置してみました。

くそぅ。本当に最近ついてない気がする・・・。

あれはあれだし、あの時はあの時で。あーもう。

かなり個人的な内容ですが、そんなことは置いといて。


てるです。

土日の報告を簡単に。


土曜日はカミデの一声にしっかりのせられ(←単純)、まじくるカフェ番外編を行いました。

バスケをやろうとのことで、企画立てです。

さくさく話が進んだようで15分くらいで話は終わったらしく・・・。

1時間くらいで戻ると、タラーンという空気になっていました。

いやはや、みんな申し訳((´∀`))

それでも、誰かがやらなければとなるとしっかりできているもんです。

意識して中途半端にされていた(笑)まじくるが始まった時期を思い出します(笑)

一方でかかわり方として、中途半端はやっぱし良くないよねという振り返りもできたし。


そのままJRに飛び乗り、札幌で大学の時の先輩の結婚式に出席してきました。

同窓生にも何人か久しぶりに会いまして、みんな変わらずそれぞれががんばっている様子。

一度挫折した僕からすると、同じ会社で5年目になる友人たちは、いわば「大先輩」です。もちろん大学の時の先輩方はさらに「大先輩」です。

本当にすごいなぁと思います。

それでも社会に適応して生活することは大変だし、何かに抑圧されて生活していて、ああいった場で友人たちの中にいると、少し開放的になる気持ちもするなぁと思いました。


あー、体の向きと顔の向きが違うので疲れてしまいました。

立ち止まる日

こんばんは。つるちゃんです。


今日は午前中に1度ブログをアップしたのですが、も一度考え直して(寝て)すっきりしてまた書こうと思いました。(見た人はいるでしょうか?)



てるさんが前のブログで「煮詰まる」「煮詰める」と書いていましたが、わたしも絶賛煮詰まり中です‥。


推進事業にしても野菜にしても自分についても

考えれば考えるほど、言葉にすればするほど‥ムー‥


でも、まじくるのもともとの研修はわたしは煮詰めることが面白かったのです。


最近はモードが変わって、結果ばかり知りたく「早、く早く、もっと、もっと」となっていました。つながりがかんじられなくなるようです。人をかっこにくくったりして、知った風なカンジな自分。


これからが不安だったり、過去があったり、人が気になったり、未知のものが怖かったり、その方が楽だったり、忙しかったり。


常識や役割に流されそうになります。

「もう研修生じゃないから」とか「若者じゃないから」とか「スタッフだから」とか。


そもそも役割に縛られない場だったのに。


モードという言葉はダイスケが札幌に行ったとき北大の会議で使っていたキーワードでわたしのお気に入りになりました。


私は無意識に「私」を消すモードになる。そしてそのときはやっぱりむなしかったりいじけていたり(笑)します。いいとかわるいとかじゃないけど、正直苦しい感じです。


みんながおんなじ顔でおんなじことをかんがえているなんて、ないんだ!とまじくるで知りました。



だから、まじくるでの「私」があって十人十色のみんながいての煮詰めることにわくわくしました。


なんでもない場。動いていく場。ゆるゆるの場。




ちょっと立ち止まって私モードでのんきに煮詰めてみます。疲れたら、おやすみが大事です。