言いふらし、乗っかる。 | まじくるブログ【釧路】

言いふらし、乗っかる。

愛媛県、松山市に行ってきました。空港にある蛇口からみかんジュースが出てくるという情報を事前に仕入れていましたが確認できず。無念。

あっだいすけ。

まぁそれはさておき交流会では自己紹介しフリーにしゃべってきました。趣味で話が広がったのは、散歩でなぎの片道六時間散歩したいう話に愛媛の学生も僕も驚き、ここぞとばかりにここの席では言えなかったのですが、大地を感じたくて大通公園の芝生で寝たいう話をし対抗。

後半はテーブル事にテーマを決めて、恋愛やら酒やら釧路の事やら手相占いまで始まりあっと言う間に終わりの時間。

そこで気になったのが、学生がオープンハンドや寄り添いホットラインといった事に関わっているという事です。
何故きになるのかと言うと「社会活動」に関わる「きっかけ」に興味があったからです。

今、当事者参画型自立体制促進構築事業という、自立を促進するために必要な事って何ってのを調査研究しているのですが、

そこでは自己の構造は「状態像」と「本人像」で構成されていて、自己以外のつながりも含め自己と捉えています。

だからこそふらふらゾーンなる場は自己以外のつながりの一つとする事と「状態像」だけで、関わらない事で、自己の土台がしっかりし自立が促進されるのではないかという事が全国様々な分野のピアサポートの活動を調査、研究、また釧路の実践を通してみえてきた事です。

ふらふらゾーンの構成要素としては

出会いや交流や学び外部とのつながりなどなど対場機能があり
多様性、主体性、対等性などなどの対人機能があり

それらは対話と協働=創造的コミュニティーを保つ要素としてあります。

「社会活動」はアクシデントや器質的要因などで不全な状態になる事が多く、僕を例に上げるなら、生活保護世帯で親やケースワーカーとのやり取りは不全な状態、認知の特性なども相まって就職出来ないってだけで、社会からの排除、自分自身からの排除と最悪な状態に陥りました。そうなると、もうどうしようもありません。就職しない=ダメ人間=治さなくてはいけないと捉えられ、関わられたのはきつかったです。まぁダメ人間には変わりはないんですけどね、状態像でダメ人間ってするなって話ですよ。働いてもダメ人間ですわわら肩書にその人がどんな人かまでは書いていない。何をしている人かは書いてあるかもしれないけど。そんな感じです。ちゃんと見てダメ人間って言われたら、受け入れられてる感じがして嬉しいけど。
(この微妙なニュアンスな違い伝わるかな?)

まぁなんとか関わりのあった先生から日置さんにつないでもらい釧路で生活をする事になり事なきを得たのですが、そこがなかったらどうなっていたんだろうわら。

というわけで「社会活動」に関わる「きっかけ」に僕と愛媛の学生で共通していたのが、学校の先生で先生も外部とつながっているという事でした。

コミュニティーにおいて言いふらし、乗っかる事で「社会活動」をするきっかけが出来るんだなと思いました。和歌山から来てくれた「麦の郷」の人もいいふらす重要性について話していたので、とてもしくっりきました。

最後に愛媛の学生さんが話していた事を紹介して終わろうと思います。「相談を受けはじめまもない頃、相談の内容をそらして聞いてしまい、相談してくれた人にすごく怒られた、でもその事で向き合ってない、逃げてしまった自分に気づき、今ではいい経験になった」と言っていた事がとても印象的でした。