支援ってなんだぁ・・・??
とてもおひさしぶりです。
タカさんです。
「支援」について考えさせられることがあったので、思わずタイプしています。
ここ数年、ひとがひとを支援するってどんなことだろう?って考えています。
5年前の2007年6月は無職状態で、菓子会社の営業の面接を受けて落ちたころ。
その1か月前の5月は板金塗装の仕事、最後の月を迎えながら、漠然とした不安の中でした。
だからと言って何も考えることなく、例えば「支援」という言葉は新聞を読むときくらいしか登場することがない、誰かのことを考えることとはおよそ無縁な日常でした。
2007年8月。NPOの面接を受けて運よく引っかかり、「支援」という言葉が日常的に登場するようになります。
冬月荘の立ち上げ時期に関わり、「支援する、されると言う一方的な関係性ではなく・・・」「支援されるだけではひとは元気になれない」など自分では「そりゃそうだろうな・・・」なんて理解しているようで、体感はできていない日々を送っていました。
でも色々な福祉の現場に行き、支援している場面に触れると「ん?」という違和感を感じていたりしました。
そんな中、冬月荘で住人が住み始めて生活の場面を共有するようになりました。
それまで職場には壊れた車、ホテル業のときはお客さん、鉄工所時代は鉄だらけ・・・。
ひとが生活する場に触れることは無かったのです。
いま考えると毎日出勤する場所に住人の生活がある。 職場に行きながら、お邪魔している感覚がしていました。
ここで自分が何かできるのか?
生活の場を共有すればするほど、一方的な支援なんて存在しないことを実感していきました。
そうこうしているうちに、スクラムが始まり、15歳の中学生と一緒に33歳のおじさんはじめ、大人が学び合いまくりの日々になりました。
冬月荘という職場はいわば、中学生の暮らしの一部であり、自分自身の暮らしの一部であり、住人の生活の中心でした。
だれもが何も変わらないひとりの存在でした。 だからこそお互い侵害しない、確認し合うことがじわじわと浸透していきました。
前段が長くなりましたが、そんなことをふまえて「支援」のお題に戻ります。
福祉の世界で、支援する場面では、時にこの「誰もが何も変わらないひとりの存在」ということが無視されて、支援者という役割を持ったひとが高みから被支援者(利用者や相談者)に対して土足で踏み込んだり、そのひとの無形の所有物(悩み、思考、希望など)を支援者が平気で取り上げて、あ~でもない、こ~でもないと偉そうにこねくり回して、さも形をきれいに整えたつもりで、また返したりしているところを見かけます。
自己と他者の境界線があいまいなのでしょうか。
ちなみに僕は小さいころから「えらい」とか「立派」の意味がわかりませんでした。例えば「えらい!」と言われても何にも嬉しく無かったんです。
たぶんそれは今もそうでしょう。
勝負を争うスポーツなら別ですが、生活する上で、能力として何ができても、できなくても、それはそうでしかなくて、評価したりされたりするものでもないと思います。
よくこの評価がまた支援に混ざるところを見かけます。 そんな時にまた違和感を感じます。
それにしても今日はえにぃで若者と一緒に語り合いましたが、本当に楽しく、余計世の中の支援ってなんだろうって感じました。
15日に開いた「自由な大人の飲み会」でも20歳を迎えた数名+αが集まり語りましたが、くだらない常識にとらわれない最高に楽しい、ワクワクする時間でした。
役割や立場にとらわれる事なく、お互いの権利を侵害することない「支援」をこれからもみんなと考えていきたいです。