ケケとあいりん地区を歩く
タカさんです。
釧路に帰ってきました。
昨日は夜に大阪から東京に入り、新宿のホテルに泊まっていましたが、部屋に入るとLANが使えない・・・、あれ?携帯が通じない・・・?シャワーに入ると突然火傷しそうなあっついお湯が出る!というなかなか不思議なホテルで、節電も含めて23時半には電気を消して寝ました。
新宿駅から徒歩5分でこんなホテルがあるとは(苦笑)
東京は山の手線の電車も電気を消して走っていたり、駅も街も何となく暗い不思議な雰囲気の東京でした。
それよりも昨日は長い一日でした。
大阪の朝。 早朝7時半に北芝のケケ(NPO法人暮らしづくりネットワーク北芝の池谷くん)が迎えに来てくれて一緒にNPO法人釜ケ崎支援機構へ。
大阪市のパーソナルサポートサービス事業を受託したところで、釜ケ崎(あいりん地区)で活動しています。この地区は生活保護率が非常に高い地区であることでもとても有名です。
おもに日雇い労働者や野宿生活者が路頭に迷わない様に制度がないところも含めて様々な支援をしています。
朝から見学に行ったのは、高齢者特別清掃事業を見せてもらうためです。
8時になると55歳以上の日雇い労働者の方々が集まってきてチームに分かれて清掃作業に出かけて行きます。
事務局長の沖野さんとあいさつや笑い話を交わしながらの人やちょっとまだ酔っているかな~というひとなど様々です。
この地区を歩くと横浜の寿地区のようにコミュニティーがそこにあります。
しかし、ここは様々な世界が複雑に絡み合って成り立っているようで、歩けば歩くほど、横浜よりも異国にいるようでした。
たくさんのドヤが並び、ホテルも生活保護受給者を受け入れる宿に営業を切り替えているところもたくさんありました。 貧困ビジネスという言葉も聞きますが、逆に潜在的に路頭に迷っているひとを掘り起こしている事実を考えると否定している場合でもない・・・とう話もありました。
実際、住んでいるひとに聞いても、お金はあまり手元になくても以前よりは生きているって感じだわという声も聞かれるそうです。 1040人分のシェルターもあり、現在も常時400名くらいの人が寝泊まりしています。
アルコールや薬物依存症の方もかなりいるようで、午前中は薬やお金の受け渡しをひとりひとりしながら、さまざまな相談を受け、役所や宿、就労相談センターなどにつなぎ、さらに特別清掃事業などの就労事業もコーディネートしていました。
2007年ころからホームレス層の多様化に対応して、ひとりひとりに応じた総合的で継続的な支援をおこなっているそうですが、見学した後、まさにパーソナルサポートタウンだね・・・ってケケと話していました。
例えば、サポーティブハウスという支援付きの集合下宿があります。
住むだけではなく、生活相談、体調管理、金銭管理、配食サービス、服薬支援、季節ごとの行事やボランティアへの参加、さらに葬儀参列まですることもあるそうです。
必要なら支援機構など外部との連携もしっかりするなど、パーソナルサポートハウスといった感じでしょうか。
10件ほどでNPOサポーティブハウス連絡協議会という法人をつくり、情報交換や計画などを立てて下宿の運営をしています。
支援機構の相談員(PSになる方)もサポーティブハウスの代表の方も女性でしたが、やっぱりたくましいなぁ。
地に足が付いていると言うか。 生きるという現実を見ていると言うか。
とにかく、ケケに勉強になる場所やで~って言われてましたが、本当に知らないことは多いものです。
まだまだ深い大阪です。
ケケと一緒に飲んで酔っ払いましたが、あいつは勢い余ってボトル入れてたな(笑) 三四郎もケケも北芝みんないいヤツです。
帰り際にNICOのシェフちえちゃんに弁当を作ってもらいおいしく頂きました。
大阪の二見さんや北芝のみなさんお世話になりありがとうございました!
芝のみんなはまた釧路に来てくれるそうですから、まじくるのが楽しみです。
旅の疲れもあるので今日は早めに寝ます。