まだ塗りたてのペンキの様に白い家に集まった。
住んでいる場所から徒歩10分もしない、同じ区画の友人の家に夕食と晩酌に招待されたので、事前に教えられた道を行き、壁に大きなゴールデンレトリバーが描いてある動物病院を目印に、予定の時刻より少し遅れて到着するとジュンが待っていた。
「うちはこのすぐ隣なんだ。ボリはもう部屋にいるよ。後の奴らははもう少ししたら集まるから、先にカレー食べて待ってよう。」
そういって彼は動物病院のすぐ隣の一軒屋に案内した。
彼の部屋は庭に面していて、玄関から入らずとも庭のウッドデッキから直接出入りができた。
彼曰く、シェアハウスには珍しいこの専用玄関が気に入って部屋を決めたらしい。
部屋は十分に広かったが、無機質な白い壁の部屋は病室を連想させた。
部屋に入るとボリは床に寝そべって携帯を握っていた。長い髪を後ろで留めて、普段は職業柄か割ときっちりした服装でいることが多かったが、この日は少しよれたTシャツにホットパンツ。夏の部屋着といった感じだった。
ジュンは僕らにビールのボトルを手渡すと、「今からカレー作ってくるからさ、もう下準備はほとんどできてるからすぐなんだ。ちょっと待っててよ。」と言いすぐに部屋を出て、奥にあるであろう台所に向かった。
かと思うとものの数分で部屋に戻ってきて「これはオードブルだよ。」とサラダを持ってきた。
ビールとサラダでしばらくたわいもない話をボリとして彼がまた戻ってくるのを待っていた。
話の内容は次の休日にはどこに行こうだの、ジュンとアキはうまく行っているのかだの、僕とヘイリーは最近どうなんだだの、そういった話題で場を持たせた。
彼女の年は定かではなかったが、一つか二つ年上のようで、こちらが口下手だと察すると積極的に話題を振ってくれたのでジュンを待つ間も沈黙が長く続くことはなかった。
一本目のボトルビールが底をつく頃にジュンが部屋に戻ってきた。
汗だくの頭にタオルをまいて、半袖Tシャツの袖を肩までまくりあげた姿はラーメン屋の店主のようだったが、ろくに空調のきかないこの部屋ではそれも仕方なかった。
彼が作ってきたカレーは水気がおおく、カレーというよりはスープに近いと言ってもいいような、以前に食べたタイのグリーンカレーに近いようなものだったが、韓国人とカレーを食べる機会がその後何度かあったので、これぐらいの水っぽさが彼らにとってはスタンダードなのだということは後々判明した。
かと言って、この暑さのなかわざわざ買い物から夕食を準備してくれた彼に文句を言うつもりなどはさらさらなく、出されたものを、待ってましたとばかりにたいらげた。
実際、味は見た目以上によく、先のタイカレーだと思ってしまえば水っぽさも気にならず食は進んだ。
食べてるあいだ何度かジュンがこっちを不安げに見て不味くないか尋ねてきたが、二本目のビールを流し込みながら「最高だよ」と答えた。
「しかしこの部屋あついよね。こんなに大きな窓があるのに全然風が入ってこない。」とカレーを食べ終え、体温があがったのか汗ばんだボリがジュンに言う。
「反対側に窓がないし、この部屋の外は廊下だから風が通らないんだよ。この暑ささえなければ文句なしの部屋なんだけどな。同居人もへんに干渉しあわないから気楽だし。」
このシェアハウスにはオーナー夫妻とその息子、あとはジュンのような留学生だったり移民のワーカーが暮らしているらしかった。
暑さとカレーに気を取られて気づかなかったが、外をみると庭ではその夫妻と夫妻の友人たちがBBQをしていた。
「本当は俺たちも外で飲みたかったけどね、今日はあの人たちが使ってるから。でも夜になったら使えるかもな。」
しばらく、部屋にあったウイスキーやらソウジュやらウォッカやら、僕が土産にもってきた日本酒やらをちびちび飲んでいるうちに、だんだんと人が集まってきた。
と言っても来たのはジャスとヘイリーとヤンチャルの三人でこの日の飲み会はこの六人だった。
全員が集まったところで、酒を飲むペースもあがり、うだるような暑さも次第に忘れたが、時間はもうすぐ午後七時半になるというのに外はまだ昼間の様に明るかった。
皆の声も大きくなり盛り上がってきた。下戸のヤンチャルは顔を真っ赤にして立ち上がり満面の笑みで意味不明な言葉を口走って皆を笑わせた。
見た目以上に酒が飲めない彼の酔った醜態はすでに何度か目撃していたので、あと1時間もすればきっとベッドの上で動かなくなるだろうなと思っていた。
前にパブで飲んでいた時は機嫌が悪く、悪態をつき外に出てごみ箱を蹴散らし、帰り際に路上駐車していた車まで蹴飛ばし持ち主とトラブルになったらしい。
しかしその前の飲み会ではやたら機嫌がよく、酔って椅子の上からひっくりかえてもニコニコしながらバーカウンターで働く女性を口説いていた、かと思えば次の瞬間いびきをかきながら店のテーブルで寝てしまっていたこともある。
お調子者で気分屋で、扱いづらいところのある彼なので、第一印象が悪く敬遠する人も多いが、一度打ち解けてしまうと、ただただ人間らしく憎めない可愛げのある人物なんだとわかる。
今日集まった人間は、みんな彼のそんなところを知っているし、ジュンに至ってはそんな彼の良き兄貴分といったところで、頭に血が上りやすいヤンチャルもジュンの言うことだけはいつも素直に聞いていた。
そんな彼がみるみるうちに酔ってへべれけて行くのを微笑ましく見ていると、僕とジュンのグラスに入った酒が同時になくなった。
ジュンは、口の前で人差し指と中指を立て煙草を吸うポーズをとり顎で外を指したので、僕はそれにうなずき部屋から外に出た。日も少し暮れ、さっきのBBQパーティーはもう終わっていて、庭はきれいに片づけられた後だった。
室内は全て禁煙なので、煙草を吸うときはいちいち外に出なきゃならないのが初めは億劫だったが、それにもすっかり慣れてしまったし、どの建物でも禁煙が徹底されているのは以外と空気もよく心地いいものなんだなとすら思っていた。
例のジュン専用玄関からウッドデッキにでると、背は低いが体格のいい、耳にかかって少々うっとおしいぐらいの髪の長さをした男が煙草を吸っていた。この家の大家の息子だった。
ジュンと彼はすでにいくらか親しいようで、挨拶を交わしたあとしばらく雑談していた。
「今日もまた女を連れ込んでるんだな?」
「今日はガールフレンドじゃなくてただの友達の集まりなんだ。」
男は部屋をのぞきこんでから、僕の方にも視線を向け。
「お前も韓国人か?」と聞いてきた。
日本人だと答えると、何の根拠があってそういうのかは知らないが「日本人だって?そうは見えないな。きっと100%の日本人じゃないはずだね。」と言ってきた。
そのあと男は少し考えるようなそぶりをして、「さっき外でBBQしてたろ?その材料が余ってるんでパスタか何かつくってやるよ。料理は得意なんだぜ。」
僕とジュンは断る理由もないよなと言った表情で顔を見合わせ、「ありがとう、じゃあ部屋でまってるよ」と言って煙草を消し部屋に戻った。
ぽこぱん2へ続く