部屋に戻ると予想通り、いやそれよりも早くヤンチャルは真っ赤な顔を天井に向けダブルサイズのベッドの上で目を閉じて動かなくなっていた。時より腕や脚がびくっと痙攣するが、目を覚ます様子はない。
「今夜はこいつは泊まらせるよ、ベッドは幸い詰めれば3人は寝れるサイズだしな。床にだってブランケットをひけば全員寝れるんだから、今日は潰れるまで飲んでったって構わないよ。」とジュンは皆に言った。
彼はいつでも面倒見が良く、ヤンチャルにとってだけではなく確かに僕ら全員の兄貴的な存在だった。
ヤンチャルが酔いつぶれるまでは、その場はいわば彼の独壇場で、アルコールが体に入るたびにおちゃらけて壊れていくヤンチャルを見ながら笑いあい、暴れすぎないように彼を制する時間が続いていたので、彼がいびきをかき始めてようやく一息つき、さぁこれでゆっくり飲みながら談笑できるぞという表情と一瞬祭りの後のような静かな空気が部屋に満ちた。
とは言うものの、こうなると、飲みの席での小さな力関係が変わり、今度はヤンチャルの次に酒に酔いやすいジャスがヘベレケはじめる。
彼女はこの中では一番の年下で年はまだ19であった。しかし韓国では18から飲酒喫煙が認められているし、ここでも19歳は成人だ。そもそも韓国では年齢の数え方が違う。
生まれた瞬間に1歳だし、年齢は誕生日にあがるのではなく1月1日に全国民の年齢が一個増える、という説明は彼らに何度もしてもらったが、いかんせん馴染みがない方式であるし、お互いまだまだ拙い英語でのやりとりなので、僕はなんべん聴いても理解できたようなそうでないような気がしていた。
だから、彼女が19歳というのは母国式の数え方での話なのか、彼らが言うインターナショナル方式での19歳なのか、正直なところきちんと把握してなかったが、そんなことはどうでもよかったし、とにかく一番年下であるということは間違いなかった。
実際にどうなのかは知らないが、僕が肌で感じた事実として、韓国人は上下関係に厳しいところがあり、普段の先輩に対する敬意はとても強く、逆に年配者は年下の面倒をきっちりみるというのが習わしのようだった。
とくに「年配者が年下の面倒をきっちりみる」という部分が顕著になる場面が、飲みの席のようで、酒を飲んでしまえば無礼講ということでもあるのだろう、年下は年上に勧められれば勧められるだけ酒を飲んで、みるみるうちに泥酔し騒ぎまわるが、年上は最後にはしっかりと酩酊状態の彼らの肩を担ぎ家まで送り届けてやるほどに面倒をみるのだった。
この日も、ヤンチャルの次に騒ぎ始めた、というよりその場にいる年上の兄さん姉さんに甘えはじめたのはジャスだった。
甲高い声で燥ぎながら床に寝そべってソウジュのボトルをラッパ飲みしながら顔を赤らめていった。
「今日はクラスが上がって初めての授業だったんだけど、4か月目にして初めて新しい文法をならったの!なんだか上級者になった気分だわ。」
と、今まで英語の上達が一番遅く、なかなか初級者クラスから上に上がれないでいた彼女は嬉しそうに酔いに任せて浮かれていた。
あまりにも床を転げまわるので、時よりボトルの酒をこぼし、Tシャツの背中が肌蹴て腰骨の部分にいれてある英字の筆記体で書かれた刺青が見えた。
すぐにボリが「可愛いわねそんなこと言って、でもシャツが肌蹴てるわよ。」とシャツを直してやったので何と書いてあるかは読めなかったが、詩の一節か格言のような短い文章がウエストにそって綺麗に彫られていた。
ジュンも、ジャスは素直で可愛いな、と彼女の機嫌を取りながら床にこぼされた酒をナプキンで拭いていくが、その表情には煩わしそうな影は一切なく、お転婆な妹の世話をする兄そのものだった。
ヘイリーは、ボリに起き上がらせられてトロンとした顔つきになっているジャスを肩に持たれかけさせてやり、彼女の長い黒髪を優しく撫でてやっていた。
普段はつんけんしたお嬢様態度なジャスも酔っ払ったとたん幼い末っ子の様になるのが可愛くも可笑しくしばらくその事で彼女をネタにおちょくりながら、酒を楽しんでいた。
ビジネスホテルやなんかに置いてある、ちょうど腰のあたりの高さのサイズの冷蔵庫の中には、まだまだビールとウイスキーが十分に残っていた。ソウジュを飲み続けることに慣れていない僕のためにジュンが用意してくれたものだった。
そろそろウイスキーのボトルをあけようか、とジュンが立ち上がり冷蔵庫に向かったとき、バル
コニーに面したガラスの扉がコツコツと叩かれた。
開いてやると、さっき部屋にパスタを持ってくる約束をしたオーナーの息子が、大きなお盆に全員分のミートソースパスタを乗せ立っていた。
「またせたな。元三ツ星レストランの料理人が作ったパスタだぜ。好きなだけ食いな。」
と男は自信に満ち溢れつつも、すこし照れくさそうな表情で言った。
ジュンはすかさず皆に彼がこのシェアハウスのオーナーの息子であることと、さっき外で会ったときにパスタを作ってくれると約束したことを説明した。すると皆はそれぞれ挨拶とお礼を言いい、そのあとにヘイリーが彼に「レストランで働いてたんですか?」と質問した。
「そうさ。少し前に辞めちまったけどな、割に合わなくてさ。でも5年は務めたよ。一流ホテルのレストランだったんだ。」
と、みんなと挨拶を交わす時にトムと名乗った男は言った。
ぽこぱん3へつづく