彼が持ってきた、全てばらばらのデザインの皿に盛り付けられたミートソースパスタは、盛り付けこそ小奇麗なものだったが、それ自体はとくに変哲のない定番パスタだった。
残り物の食材で作ってくると言っていたのだから、そんなに凝ったものが出てこないのは当たり前だったが、三ツ星レストランの、と前置きされてしまうと、そのパスタは心なしか頼りなく目に映った。
それにBBQの残り物、と言っていた割には、いつでも家に置いてあるような食材で作れるミートソース、ともすれば、ソースの缶詰でも開けたんじゃないかと思ってしまった。
きっとこの男は、寂しがり屋の世話好きで、みんなの輪に入るべく適当な口実をつけてこれを持ってきたんではないか。
そんな想像が頭をよぎってしまった。
皆もきっと同じような印象を持ったに違いない。少しの時間、ほんの数秒それを見つめてから、怪訝そうに、それぞれ口にパスタを運んだ。
なるほど、味は悪くなかった。しかし特別美味というわけでもなかったが、トムが「どうだい?」と目を爛々とさせて聞いてくるので、全員「おいしいよ。」と答えた。ジャスだけは、特に味が気に入ったようで「おいしいおいしい!さすが元シェフね」と声を大にしていた。
パスタを一口二口ほおばったあと、部屋の入口の窓にたったまま寄りかかるトムを見兼ねてか、ジュンは彼に晩酌に参加しないかと提案した。
たしかに料理を運ばせるだけ運ばせただけで、彼を部屋にさっさと帰らせるのは忍びないし、皆がパスタを頬張るすがたをニコニコと見つめる彼を仲間外れにするわけにはいかないとジュンは考えたのだろう。実際そういう雰囲気がすでに部屋に漂っていたの事実で、大歓迎というわけではないにしろ、ここでお誘いをかけるのが大人のマナーだったというわけだ。
ジュンは提案を彼に投げかけて、振り返り皆の目を一瞬ずつ見て、表情で合図を送った。
「きっと一杯のんだら帰るはずさ。べつに悪くないだろう。」と言いたげなその合図から、みんなもジュンの気持ちに同意を示し、口々に「そうだよ、一緒に飲んでいったらいい。お酒はたくさんあるんだから。」と彼を誘った。
トムはその誘いに一瞬とまどうような迷うようなそぶりをみせてから、「じゃあ一杯だけ。酒はそんなに強くないからなあ。」と言いはいていたサンダルを脱ぎ部屋に入ってきた。
その言葉に「ほら、言った通りだろう。」とジュンがまた僕の顔を見て、表情だけで合図を出してきた。
ベッドの上で酔いつぶれていたヤンチャルを横目で見ると少しあきれた顔をしながら「なんだ、これじゃパスタが1つ余っちまうな。俺は腹は減ってないから誰か食いたい奴が食いな。」といいながら、トムは僕とヘイリーの間に胡坐をかいて座り、ジュンはすかさず空のロックグラスを彼に手渡した。ナイアガラの滝に行った時に土産で買ってきたらしく、ロックグラスには熊をかたどった飾りがついていた。
「かわいいグラスだな。ナイアガラの土産かい。」とトムが苦笑いにも似た笑みを浮かべてジュンに言った。
「そうなんだ。土産屋なんてどこも一緒でとくに欲しいものなんかなかったからね。グラスだったらこういう時に使える。」とウイスキーを飲みながらジュンは答えた。
「いつもはどんなお酒を飲むの?何が好き?」とボリがトムに当たり障りのない質問をした。
「ワインがほとんどだな。ビールはもちろん飲むよ。酒は強くはないけど、少しなら大概何でものむね。」
部屋の暑さが気になるのか、トムはTシャツの胸元に風を送るようばたつかせながら、少し顔をしかめながら答え、部屋を見渡すようなそぶりを見せた。
ウイスキーのボトルは床に座る僕の隣に置いてあったので、「じゃあロックグラスだしウイスキーでもいいかな。氷もあるしさ。」と言って彼に手に取ったウイスキーのボトルを見せた。
それに彼が頷いたので、冷蔵庫から氷を取り出しグラスに入れ、ウイスキーを継いでやった。
自分も少し酔っ払っていたのか、手元が狂い、必要以上にウイスキーを多く継いでしまった。
ロックのダブルどころではない量のウイスキーが注がれてしまったロックグラスを見て、トムはぎょっとしたような顔をした。
「おいおい冗談だろ。」と僕の顔を一瞬睨むように見たが、こっちはこっちで既にほどよく酒がまわっていたので、にやけた笑顔を作り、入れ過ぎたウイスキーのことを謝るわけでもなくグラスを彼に手渡した。
そうするとトムはすぐにグラスに口をつけ、一口だけゴクリと琥珀色の液体をのどに流し込んだ。
彼の両の目が強く閉じられ、顔をしわだらけにしている様を見ると、アルコールがのどを伝い胃袋に到達する頃には腹の底から脳天めがけて火が走るような感覚を味わっていることが容易に想像できた。
たった一口のんで、まったくこんなウイスキーをぐらすに並々つぐなんてなんてやつだ、あきれたもんだよ、といった表情を見せながらほんの数秒、彼はぼーっと手に持ったグラスを眺めていたが、ふいに「くそっ!」と大きな声をだし自分の膝を手のひらで強く叩いて勢いよく床から立ち上がった。
まったく不意を突かれた張りのある声と彼の大きな動作に一同唖然と口をあげ、背は低いが体格のいい男を皆おなじような顔をして見上げていた。
するとトムは何も言わず乱暴に部屋から飛び出し、バルコニーから「こんなクソ暑い部屋で飲んでられるか!支度してやるから部屋のもの全部持ってこい!」とどなりながら、とにかく乱暴としか形容できない手荒いやり方で、外に片づけられていた先刻のBBQで使われた折り畳みのテーブルだの、椅子だのを一人でガシャンガシャンと組み立てて庭にちょうど人数分の席(もちろん酔いつぶれていたヤンチャルの分は数には入れられて居なかった。)をあっという間に用意してしまった。
椅子やらテーブルやらを組み立てているのか破壊しているのかわからないようなその様は、民家で急に暴れはじめた熊かゴリラといった風で、こちらは数秒間思考停止、身動きが取れずにいたが、我に返るとトムの勢いあまる乱暴な荒業に呑まれたのか、我々も早く部屋のものを外へ運び出さなければと慌てて食事や酒を手分けして持ち運んだ。
慌ててものを運びながらも、あまりに男らしすぎる彼の行動に僕は「これは飲ませたらまずい類の男に酒を勧めてしまったのかもしれない。面倒なことにならないといいが。」と一抹の不安を抱いた。