今やりたいことがあるのなら
やればよいのです。
うまくできないかも失敗するかもと心配なら
やらなければよいのです。
うまくできないかも失敗するかもと心配だけど
それでもやりたいのなら、やればよいのです。
そして、うまくできないかも失敗するかもと心配でもあり、やりたくもあり、
どうすればよいか分からないのなら
自分が好きだと思うことをやればよいのです。
何を好きになるか分からないというのは
当然でしょう。
やってみたことがないからです。
じゃあ、私が好きになりそうなことは、どうやって選択したらよいのでしょう?
頭の中で少しでもいいなと思うほうを選択すればよいのです。
選択できないとしたら、その理由は
1つ目、その選択に自分自身がないこと
いつも他人の視線や考え方を気にしているからです。
他人の視線や考え方は重要ではありません。
私の視線と考え方が重要です。
なぜならば、他人は
私ほど私のことをよく知らないからです。
私のことを一番よく知ってる私こそが
好きなことは何なのか一番よく分かるからです。
私に関する専門家は、私です。
2つ目、すべてがパーフェクトな幸福を
選択しようとするからです。
例えば、会社勤めをしていて
刺身料理屋を始めたいと思っているけれど
うまくいかない気がして心配なら、会社に通えばよいのです
会社に通うのが嫌だったら、刺身料理屋を始めてみればよいのです。
だけど、刺身料理屋もやりたいし
事業の成功も同時に保障された選択肢こそが
幸福だと考えるなら
選択が、できません。
そんなパーフェクトな幸福、パーフェクトな選択肢は
世の中にはありません。
2つの選択肢のうち
よりベストな幸福を選択することで
その選択をパーフェクトな選択肢にしていく、
努力する時間が、私の人生です。
こんなふうに、私を基準に選択していけば
人生を主体的に生きることになり
たとえ成功しようとそうじゃなかろうと
絶対的に、主体的に生きない生き方よりも
はるかにワクワクする人生を送ることができるのです。
うひょなぁ。いんすたの韓国文字、詩のようです。有名らしい。
訳おかりしました。
