三匹の忠臣蔵 -6ページ目

三匹の忠臣蔵

日々是好日。
お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

YouTubeでダイジェストとして24時間ストリーミング配信をしてたので、何年ぶりかに観た。
フックとなるシーンのダイジェストなので、懐かしかった。
このドラマはやっぱり面白い。

李 成桂(イ・ソンゲ)を題材にした『龍の涙』が朝鮮王朝のスタートと朝鮮王朝の「国家の器」「土台」を築いたというなら、このドラマは「組織のルール」「システム」が完成していく過程を描いた決定版と言える。
王朝を維持するための「儒教的な儀礼」や「法制化(経国大典)」、そして女性たちの権力闘争(内命婦)が形作られた時期になる。

建国期と成宗期のこの2つの時代を繋ぐことで、その後に続く朝鮮王朝のキャラクターがほぼ出揃うことになるといっても過言ではない。

 

仁粋大妃(インスデビ)の執念とゴリ押し

諡号は仁粋徽粛明懿昭恵王后で、このドラマの見どころは、なんと言っても仁粋大妃の権力闘争からの立ち上がり。

仁粋大妃は、朝鮮第4代国王世宗の孫で、首陽大君の子である桃源大君(徳宗)が王位に就く前に亡くなったたため、現役の「王妃」として宮廷に君臨した期間は一度もない。

首陽大君が甥にあたる端宗から王位を奪い世祖として即位したことで、夫が王世子(懿敬世子)となり、彼女は世子嬪となった。
しかし、懿敬世子が急死したことで貞嬪となり、宮廷から出ていく。
本来ならそのまま歴史の表舞台から消えるはずだった。

ところが、懿敬世子の弟に当たる睿宗も急死したことを好機と捉え、時の権力者・韓明澮(ハン・ミョンフェ)と組んで、次男の者山大君(成宗)を王位に就けることに成功する。
これによって「国王の母」として宮廷に返り咲くことになる。

息子が王になったものの、夫は王ではなかったため、本来は「大妃」にはなれない。
しかし、成宗が死んだ父に「徳宗」という贈り名を送り王として追尊したことで、彼女も「王妃」の段階をすっ飛ばして一気に昭恵王后となり、仁粋大妃となる。

そして、孫の燕山君が即位したことで大王大妃に昇格する。
おなじみ『チャングムの誓い』の冒頭では、燕山君を震え上がらせる王室の最高長老として登場する。

 

このドラマの見どころは女傑の権力争い

まず、世祖(首陽大君)の妻である貞熹王后ユン氏との戦い。
演じるキム・ミスクの演技力と存在感が強烈で半端ない。
 

演技力と存在感が強烈なキム・ミスク

 


仁粋大妃を演じるチェ・シラが薄くて軽く見えて、今の日本人俳優のように、金切声をがなり立ててるだけのように見えるほど、格の違いを見せつける演技力には言葉がない。
チェ・シラであろうとも、彼女の演技力には流石に勝てない。

チェ・シラの仁粋大妃が「動」で攻めるのに対し、キム・ミスクの貞熹王后は、一言も発さずとも周囲を震え上がらせるような重厚な演技は、まさに「格の違い」を感じさせる。
「がなり立てる若手(仁粋大妃)を、静かな眼光だけで制圧するベテラン(貞熹王后)」という対比は脚本にはない、より凄みを演出してる。

仁粋大妃の若かりし頃を演じたハム・ウンジョンも良く、「なんでこの子がこうなった?」をよく体現してると思う。

そして、廃妃ユン氏を演じたチョン・ヘビンの狂気。
これは演技ではなく、間違いなく狂気を感じさせ、キム・ミスクとも引けを取らない迫力がある。
よくもまぁ、あれだけいやらしい役どころを具現化していると思う。

 

チョン・ヘビンの狂気

 


だが、この「いやらしさ」は、単なる悪役だけではなく、嫉妬に狂って自滅していく哀れさも含んでいるから、なぜか軽蔑の目が同情に変わってしまう。

廃妃ユン氏の母である長興府夫人シン氏を演じたクォン・ギソン、子ども時代を演じたチン・ジヒも負けず劣らずいやらしい。
ユン氏の周りは不幸な女性も多く、特に侍女尚宮役のイ・ドッキ、監察尚宮ソ・イスクは真逆のキャラクターで、侍女尚宮役の哀れさは見事。サムウォル役のファン・ヒョウンも良かった。

忘れてならないのが、成宗の側室である貴人オム氏役のパク・タミ。
そういう意味で、この作品は『韓国女優豪傑図鑑』とも言える。

 

女の手のひらで転がされる男たち

舅の首陽大君と、その策士である韓明澮と折り合いをつけながらも、手球にとっていくたくましさ。
他の作品では悪の権化として描かれることが多い首陽大君も、この作品では気の良いただの親父に見える。

韓明澮はイ・ドックァが演じるほど一つの時代を象徴する存在のはずが、その韓明澮さえも仁粋大妃にとっては、自分がのし上がるための駒に過ぎない。

結局、このドラマは李成桂からはじまった朝鮮王朝を巡る男たちの政治が、実は女たちの手のひらの上で転がされていて、女性が果たした役割は大きかった。
と、言いたかったのかのかも。

要は、百戦錬磨の策士である韓明澮や、強権を振るったはずの首陽大君さえも、仁粋大妃の人生からすると、歴史の歯車を回すための「演者」に過ぎなかった。
 

チェ・シラ

 


最後に一言触れていおきたいのが、哀愁漂うバックミュージック。
ここ一番で流れる印象的なBGMが朝鮮テイストでありながら、どこかグリーグのマイナー調にも聞こえ、権力が暴力ではなく話し合いで折り合いをつけていく描写に鼓動を与えてる。
その結果、物語をうまく沈静化させ、着地させる役割を果たしてる。

ここで使われた曲は、その「格調高さ」を象徴する音色から、他のドラマでも使われていたと思う。

 

 

仁粋大妃の権力闘争と女性たちのドラマ