沖縄県名護市辺野古では、米軍普天間飛行場の移設工事が続いています。
政府は「普天間飛行場の危険性を除くための唯一の解決策」と説明しています。沖縄県は、基地の負担を県内で移すだけの「新基地建設」だとして反対しています。
同じ工事なのに、なぜ呼び方からして違うのか。資料を読み進めると、この問題が単純な賛否では片づかないことが分かります。
普天間の危険性、安全保障、沖縄への基地集中、県民の意思、軟弱地盤、自然環境、平和学習、工期、費用。いくつもの問題が重なり、その優先順位をめぐって国と沖縄県がぶつかっています。
この記事では、2026年9月4日までに確認できた情報をもとに、辺野古基地問題の全体像を整理します。
出発点は普天間飛行場の返還だった
普天間飛行場は、宜野湾市の市街地にあります。周囲には住宅や学校があり、航空機が市街地上空を飛行することから、事故や騒音への不安が長く続いてきました。
大きな転機となったのは、1995年に沖縄で起きた米兵3名による少女暴行事件です。
県民の反発が一気に高まり、翌1996年、日米両政府は普天間飛行場の全面返還に合意しました。当時は、今後5年から7年以内を目途に、代替施設が完成して運用できるようになった後に返還するという考えが示されました。
その後、移設先をめぐる調整が続き、1999年に辺野古への移設が閣議決定されます。2005年から2006年の日米協議を経て、現在のV字型滑走路案へとつながりました。
ところが、返還合意から30年がたった2026年にも、普天間飛行場は使われています。
危険性を早く除くために始まった計画が、長期化によって普天間の継続使用を招いている。ここに、辺野古移設が抱える最初のジレンマがあります。
「移設」か「新基地」か
政府は、辺野古で建設している施設を「普天間飛行場代替施設」と呼びます。
計画地は、既存の米軍基地キャンプ・シュワブと、その沖合にある辺野古湾・大浦湾です。海を埋め立て、V字型に2本の滑走路を造ります。滑走路部分はそれぞれ約1200メートルで、両端のオーバーランを含めると約1800メートル。主にオスプレイやヘリコプターなど、海兵隊航空部隊の機能を移す計画です。
普天間飛行場の面積は約476ヘクタール。辺野古の埋立面積は約152ヘクタールとされています。ただし、前者は飛行場全体、後者は海の埋立部分なので、同じ条件で比べた数字ではありません。
政府は、飛行経路の多くを海上に設定できるため、市街地にある普天間より騒音や事故の危険を減らせるとしています。
沖縄県は同じ施設を「辺野古新基地」と呼びます。普天間にはない2本の滑走路、係船機能を備えた護岸、弾薬搭載区域などが含まれるため、単なる引っ越しとは言えないという考えです。
政府が見ているのは、普天間の危険性を減らす代替施設。県が見ているのは、新しい機能を持つ軍事施設によって、沖縄の基地負担が将来にわたって固定される姿です。
名称の違いには、問題の捉え方そのものが表れています。
沖縄の負担は本当に軽くなるのか
沖縄県の面積は日本全体の約0.6%です。その沖縄に、全国の在日米軍専用施設・区域の面積の約70%が集中しています。
政府は普天間を人口密集地から沿岸部へ移し、基地面積や騒音の影響を減らすことを「負担軽減」と説明します。沖縄県から見れば、危険な基地の代わりを再び県内に造る以上、それは負担の県内移転です。
どちらも同じ「負担軽減」という言葉を使いますが、意味が違います。
一つの基地が今より安全になることを重く見るのか。
全国の安全保障を支える基地が沖縄に集中している状態を問題にするのか。
辺野古をめぐる対立の根には、このずれがあります。
県民投票で示された意思
2019年2月、辺野古の埋立てに対する県民投票が行われました。
反対43万4273票、賛成11万4933票、どちらでもない5万2682票。投票率は52.48%で、反対票は投票総数の約71.7%を占めました。
「県民投票では反対が明確な多数だった」と言うことはできます。ただし、71.7%は沖縄県民全体に対する割合ではなく、投票された票の中での割合です。
そして、県民投票に国の安全保障政策を法的に止める力はありません。国は外交・防衛を決める権限に基づいて工事を続けました。
一方で、基地による騒音、事故の危険、環境への影響を直接受けるのは地域の人たちです。
国全体の選挙で選ばれた政府の判断と、直接負担を受ける地域の意思。二つの民主的な正当性がぶつかっているのが、辺野古問題です。
大浦湾の軟弱地盤
辺野古側の埋立ては、2023年9月までに約99.5%が終わりました。いま難しい工事が続いているのは大浦湾側です。
大浦湾の海底では、当初想定されていなかった大規模な軟弱地盤が見つかりました。政府は設計を変更し、砂を締め固める工法や排水材を使う工法などにより、地盤改良杭等を約7万1000本施工する計画です。羽田空港や関西国際空港でも使われた工法で、技術的に施工できると説明しています。
沖縄県が問題にしているのは、軟弱地盤が最深部で海面下約90メートルまで確認されている一方、改良する深さが最大約70メートルであることです。
特にB-27と呼ばれる地点では、地盤の強度を確かめる直接的な力学試験が行われていません。政府は周辺地点の試験結果などから、70メートルより深い地盤には構造を支える強度があり、改良は不要と判断しました。県は、その推定だけで安全性を判断してよいのかと疑問を示しています。
よく「90メートルまで軟らかいのに、70メートルしか工事しない」と説明されます。ただ、本当の争点は数字の差だけではありません。
70メートルより深い部分の強度を推定した方法に、どこまで信頼性があるのか。専門的な検証が必要な問題です。
9300億円で完成するのか
政府が2019年に示した総事業費の概算は約9300億円です。これは確定した上限額ではありません。
2024年度末までの累計支出額は6483億円に達しました。ただし、この金額と土砂の投入量を単純に比べることはできません。設計、調査、護岸、仮設工事、環境対策などの費用も含まれているからです。
また現時点で、9300億円を超えることが確定したとは言えません。とはいえ、資材価格の上昇や工期の長期化、大浦湾側の難工事を考えれば、費用が膨らむ可能性はあります。
工期について、政府は変更後の工事開始から埋立てに約8年、飛行場完成まで9年3か月、米軍への提供手続きまで含めると約12年としています。工程どおりでも提供は2030年代半ばになる計算であり、普天間の具体的な返還日はまだ決まっていません。
また、辺野古が完成すれば自動的に普天間が返還されるわけではありません。
返還には複数の条件があり、その中には、辺野古の短い滑走路では対応できない緊急時の活動に、別の施設を使えるようにすることも含まれています。
自然環境への影響
辺野古・大浦湾には、サンゴや海草藻場など、多様な海洋環境があります。ジュゴンとの関係も長く注目されてきました。
政府は環境監視等委員会を設け、水質、サンゴ、海草藻場、ジュゴンなどの調査や対策を続けています。沖縄県は大規模な埋立てと地盤改良によって、生物多様性の高い海域に元へ戻せない影響が生じると指摘しています。
政府が「影響を監視し、できるだけ抑えながら施工できる」と考える一方、県は予測や対策が十分ではないと見ています。
海を埋め立てれば、生き物の生息場所や海底環境は変わります。大切なのは「影響があるか、ないか」という二択ではなく、どのような影響がどこまで生じ、対策でどこまで減らせるのかを具体的に見ることです。
裁判で決まったこと、決まっていないこと
軟弱地盤の発見後、沖縄防衛局は2020年に設計変更を申請しました。玉城デニー知事は2021年、地盤調査や環境保全対策が不十分だとして不承認とします。
国土交通大臣は2022年に不承認を取り消し、県に承認するよう是正を指示しました。2023年9月、最高裁は県側の訴えを退け、是正指示の適法性が確定します。
同年12月には福岡高裁那覇支部が知事に承認を命じ、その後、国土交通大臣が知事に代わって設計変更を承認する「代執行」を行いました。
ここで注意したいのは、裁判所が「辺野古が政治的にも軍事的にも最善だ」と認定したわけではないことです。裁判で判断されたのは、行政上の承認や国の指示が法律に合っているかという問題でした。
司法の争いがすべて終わったわけでもありません。2026年7月、最高裁は周辺住民4人のうち3人に、国土交通大臣の裁決取り消しを求める訴訟を起こす資格があると認めました。
法的に工事を進められることと、地元の納得が得られていることは別です。その距離が埋まらないまま、工事と裁判が長く続いてきました。
抗議の現場で起きた死亡事故
辺野古工事を支える土砂搬出拠点の一つ、名護市安和では、2024年6月、土砂運搬に使われる大型ダンプに男性警備員と抗議活動中の女性が巻き込まれました。警備員が亡くなり、女性も重傷を負いました。
2026年6月、県警は女性を重過失致死、ダンプ運転手を過失運転致死傷、車両を誘導した別の警備員を業務上過失致死傷の疑いで書類送検しました。書類送検は有罪の確定ではありません。
この事故を反対運動だけの責任、あるいは工事だけの責任と決めつけるのは早すぎます。
女性の行動、運転手の安全確認、警備員の誘導、歩行者と大型車が交錯する現場の構造。それぞれを分けて検証しなければ、再発防止につながりません。
人の死まで基地問題の賛成・反対を争う材料にしてしまえば、現場にあった危険を見落としてしまいます。
辺野古の平和学習に何が求められるのか
辺野古は、学校の平和学習の場にもなってきました。
沖縄戦の歴史だけでなく、現在も続く基地負担や住民の声に触れることには意味があります。教室で数字を覚えるだけでは見えない現実を、現地で考えるきっかけになるからです。
その一方で、2026年には平和学習の安全管理と政治的中立性を問い直す重大な事故が起きました。
3月16日、同志社国際高校の研修旅行で、生徒18人が「辺野古をボートに乗り海から見るコース」に参加しました。辺野古沖を航行していた小型船「不屈」と「平和丸」の2隻が相次いで転覆し、生徒1人と「不屈」の船長が亡くなりました。多くの生徒も負傷しています。
学校側の安全管理体制不備
学校法人同志社が設置した特別調査委員会は、学校側の安全管理体制の不備を事故発生の最大の原因と評価しました。
学校はこのボートコースを導入する際に、船の性能、航路、周辺海域の危険性などを十分に調べていませんでした。
実際に乗船する下見も行わず、気象条件に応じた中止基準や、出航を最終判断する人も明確に決めていなかったとされています。事故当日、引率教員は2隻のどちらにも乗っていませんでした。
長く協力してきた運航者への信頼があっても、生徒を預かる学校には、自分たちで安全性を確かめる責任があります。「これまで事故がなかった」「船長が大丈夫だと言った」という理由だけで実施を続ければ、危険を見直す機会が失われます。
ただし、調査委員会が主に検証したのは「なぜ十分な安全確認がないまま生徒を船に乗せることになったのか」という学校の組織的な問題です。
波、船体、速度、操船など、船が転覆した技術的な原因は運輸安全委員会が調査中です。学校の安全管理上の問題と、転覆の直接原因を同じものとして断定することはできません。
平和学習の是正
また教育内容については、文部科学省が別の問題を指摘しました。
学校は基地建設への抗議活動に日常的に使われていた船で見学を行い、反対運動に関わる人物の説明を聞く機会を設けていました。過去の研修旅行のしおりには、座り込みへの参加を求める趣旨の文書も掲載されていました。
その一方で、政府の安全保障上の説明など、異なる見解を十分に示していなかったとして、文部科学省はこの学習が政治的活動を禁じる教育基本法14条2項に反すると判断しました。
この判断には「平和学習が萎縮するのではないか」「基地建設を進める国が教育の中立性を判断することは妥当なのか」という反発も起きました。
文部科学省は辺野古や平和について学ぶこと自体を否定したものではなく、平和学習は今後も積極的に進めると説明しています。
ここでも、二つの話を混ぜないことが大切です。
政治的中立性が問題になったことは、事故の直接原因が「反基地教育」だったという意味ではありません。安全管理の不備は教育内容への賛否とは別に検証されるべきです。
同時に平和を学ぶという目的があれば、どのような方法でも許されるわけではありません。とくに未成年者を海上へ連れ出すなら、教育的な意義より先に命を守る仕組みが必要です。
辺野古について学ぶなら、基地に反対する住民の声だけでなく、普天間の危険性や政府の安全保障上の説明、移設を受け入れてきた地域の事情にも触れる。
生徒を特定の結論へ導くのではなく、資料を比べ、自分で考えられるようにする。
そして現地学習では、協力者への信頼と安全性の確認を切り離す。
平和学習に求められるのは、対立する問題を避けることではありません。異なる意見から距離を取り、命を守りながら、自分の頭で考えられる場をつくることではないでしょうか。
「辺野古が唯一」の意味
政府には、辺野古を選ぶ理由があります。
普天間より人口密度が低く、基本的な飛行経路を海上に設定できる。
既存のキャンプ・シュワブと一体的に運用できる。
沖縄に残る海兵隊の陸上部隊と航空部隊を近くに置ける。
日米間で長年、施設の設計や運用を調整してきたことも大きいでしょう。この意味で「辺野古には何の合理性もない」と言い切るのは無理があります。
一方で軟弱地盤、長い工期、費用の上振れ、自然環境の改変、県民投票で示された反対、沖縄への基地集中を考えると、「ほかの選択肢はあり得ない」という言葉もそのまま受け取ることはできません。
過去には県外・国外を含む複数の案が検討されてきました。ただし、過去に案があったことと、現在も実行可能であることは別です。
政府の言う「唯一の解決策」は、物理的にほかの場所が存在しないという意味ではなく、現在の日米合意、部隊配置、安全保障政策を大きく変えないという前提で選んだ唯一の案と理解するほうが実態に近いと思います。
いま問い直すべきこと
普天間飛行場の危険性をなくす必要がある。この点に、大きな異論はありません。
問題は、そのための方法です。
沖縄に新たな恒久的施設を造ることが、返還合意から30年がたった今も最もよい方法なのか。
軟弱地盤や工期の長期化、費用、自然環境、米軍の部隊再編を踏まえても、現在の計画を続けることが妥当なのか。
続けるなら、政府は県民の反対とどう向き合うのか。
見直すなら、普天間の危険を放置せず、どのように返還へつなげるのか。
「基地に賛成か、反対か」だけでは、これらの問いに答えられません。
辺野古問題は日本の安全保障を誰が、どのような負担で支えるのかという問題です。そして国の法的な権限と、負担を引き受ける地域の意思をどう両立させるのかという、民主主義の問題でもあります。
立場の違う相手を責める前に、数字と経緯を確かめる。
政府の説明にも、沖縄県の主張にも、それぞれ何を根拠にしているのかを見る。
その作業を重ねなければ、30年続いた対立は、これからも同じ場所を回り続けるのではないでしょうか。
【主な参考資料】
・防衛省「普天間飛行場代替施設について」
・外務省「SACO最終報告」
・沖縄県「辺野古新基地建設問題Q&A」
・沖縄県「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票・結果」
・防衛省「2024年度末までの累計支出額に関する防衛大臣記者会見」
・外務省「沖縄における在日米軍施設・区域に関する統合計画」
・最高裁判所「令和8年7月13日判決」
・沖縄県議会会議録(安和桟橋事故に関する県警本部長答弁を含む)
・沖縄テレビ「安和桟橋事故をめぐる3人の書類送検」
・文部科学省「同志社国際高等学校の研修旅行等について」
・学校法人同志社「特別調査委員会からの調査報告書の受領について」
・運輸安全委員会「平和丸・不屈転覆事故の概要」
※本文中の政府・沖縄県の見解は、それぞれの公表資料に基づいて区別して記載しています。工事の進捗や捜査・裁判の状況は今後変わる可能性があります。











