(またまた前回の続き)

うだるような暑さの中、

最後の3試合は

格闘3兄弟がそれぞれ

シングルマッチ。


まずは木村浩一郎。

サブミッションアーツレスリングの同門、

保坂秀樹との対決。


リング上で繰り広げられる

拷問ような関節技の応酬。


しかし、炎天下の中、

延々とサブミッションの

攻防を見せつけられる我々観客が

もっとも拷問を受けているかのよう…



次に徳田光輝。

ミスター・ポーゴとのデスマッチ。


そういえばどんな凶器でも使用可

どんな場所でも戦っていい、ということで
ポーゴはサバイバル・ナイフを持って登場。

すぐに若手に取り上げられちゃったけどね。


でもこういうプロレスは

子供が寄り付かなくるから

辞めて欲しいな。


2010年の今、もう手遅れか…


この試合はお約束どおり、我々観客席の方まで

やって来てくれて、乱闘を繰り広げてくれた。


結果は、ロープ外で首を宙吊りにされた

徳田の負け。


そういえば本当はこの試合がメインの予定だったのだけど、

当日の発表で、「都合により」順番が入れ替わった。


後になり、この団体の内側のドタバタが露呈されてたけど、

そんな団体の「都合」を詮索するのは野暮というもの…



「jazz」「プロレス」そして「格闘技」…byドランゴ



(前回より続く)

W★ING旗揚げシリーズ最終戦となった

よみうりランド・イースト大会は

真夏の土曜の午後の

炎天下の中、屋外で行われた。


その日も暑かったけど、

さすがに今年ほどではない…


そんな土曜日の午後に

園内にある大プールに目もくれず、

イーストに集う我々観衆…

周囲を見廻すと多くのおじさん達は

上半身裸で観戦していた。



そんな中、ターザン後藤(とその取り巻き)が

会場に現した。


実は同日、FMWが九州の佐賀で

ビッグイベントがあり、

本来であれば後藤はそのリングに

上がらなければならなかったはず。


後藤の登場にざわめく観衆…


しかし・・・

後藤達は何のアクションもせず、

途中で帰って行った。


ターザン後藤の後日談。

「本当は乱入してやろうと思ったんだけどさぁ。

緊張感が全然ないんだもん。

観客は寝そべりながら観てるし…」


そんなこと言われても…


今の自分があの会場にいたら

あの暑さの中、

間違いなく、ビール片手に

寝そべりながら観ているよ…

(またつづく)



「jazz」「プロレス」そして「格闘技」…byドランゴ














17歳の夏-



よみうりランドへ向かう
山道を一人、歩いていた。


1991年の夏、とうとう
エースなきプロレス団体が誕生した。

(剛・大仁田がどうかは別として…)



W★ING

徳田光輝

斎藤彰俊

木村浩一郎


というプロレスのリングに
上がったことのある彼ら、格闘三兄弟が
ポーゴ&キニョネス率いる

プエルトリコ軍と対峙する構図。


こんなハチャメチャなメンバーの

団体旗揚げシリーズに

1人の「未知の強豪」が来日することを

雑誌で知った。


ザ・グレート・ウォージョ


全米アマレス選手権を制したというプロフィール。

モノクロームの彼の写真からは

只ならぬ雰囲気を醸しだしていた。



時はすでに平成。

日本の多くのプロレス・ファンは既に

「未知の強豪」は

「未知のままのほうが良かった」という

現実を知っていた。


しかし、来日した彼は

ポーゴの反則攻撃でシリーズ途中帰国…


シリーズ最終戦のよみうりランド・イースト大会に

彼の姿はなく

強かったんだか弱かったんだか分からずじまい。



とにもかくにも、17歳の自分は

よみうりランドへの近道と称される山道を

ただ一人歩いて、登っていた。



しかし、17歳という

人生でもっとも貴重な時期の

夏休みの土曜の午後に


一人で…


よみうりランドに向かう近道を

歩いていること自体、

人生という大きな道から

踏み外していることに

自分はまだ気付いていなかった…

(つづく)