17歳の夏-
よみうりランドへ向かう
山道を一人、歩いていた。
1991年の夏、とうとう
エースなきプロレス団体が誕生した。
(剛・大仁田がどうかは別として…)
W★ING
徳田光輝
斎藤彰俊
木村浩一郎
というプロレスのリングに
上がったことのある彼ら、格闘三兄弟が
ポーゴ&キニョネス率いる
プエルトリコ軍と対峙する構図。
こんなハチャメチャなメンバーの
団体旗揚げシリーズに
1人の「未知の強豪」が来日することを
雑誌で知った。
ザ・グレート・ウォージョ
全米アマレス選手権を制したというプロフィール。
モノクロームの彼の写真からは
只ならぬ雰囲気を醸しだしていた。
時はすでに平成。
日本の多くのプロレス・ファンは既に
「未知の強豪」は
「未知のままのほうが良かった」という
現実を知っていた。
しかし、来日した彼は
ポーゴの反則攻撃でシリーズ途中帰国…
シリーズ最終戦のよみうりランド・イースト大会に
彼の姿はなく
強かったんだか弱かったんだか分からずじまい。
とにもかくにも、17歳の自分は
よみうりランドへの近道と称される山道を
ただ一人歩いて、登っていた。
しかし、17歳という
人生でもっとも貴重な時期の
夏休みの土曜の午後に
一人で…
よみうりランドに向かう近道を
歩いていること自体、
人生という大きな道から
踏み外していることに
自分はまだ気付いていなかった…
(つづく)