東京ドームが
こけら落としとなった1988年、
セ・パ全12球団参加の
トーナメントが3月に
東京ドームで行われた。
自分もそれを観に、
早々と東京ドーム体験してるんだけど、
その話はまた別の機会に。
そして、それに対抗するかの如く、
そっちが「東京ドーム」なら
こっちは「相模原だぜっ!」とばかりに
イースタン・リーグ6球団参加の
一大トーナメントが
我が地元、相模原球場で
その年の4月に3日間かけて開催された。
まるで心意気は
WARの天龍!
で、我々中学2年(に成り立て)の
グループは最終日に球場へ足を運んだ。
決勝戦は巨人(確か)vs西武だった。
さすがにその日
3位決定戦を観た後の
その日2試合目なので
中盤ぐらいで飽きてきて、
我々、中坊連中は
お尻に段ボールを敷き、
外野席の芝生を滑る遊びに興じていた。
金八先生が
荒川の土手でやっていたような
段ボール滑りに
我々が興じているとき、
西武のセンターには
その時すでに
ベテランともいうべき
岡村という選手が
守っていた。
その岡村選手、
センターの守備位置から
やたらとセンター後方の
掲示板のほうを
何度も振り返るので、
とうとう外野席のおじさんが
野次を飛ばした。
「岡村~!さっきからなんで
時計ばっか気にしてんだよ~!」
岡村はおじさんに
こう叫び返した。
「早く帰りてぇんだよ!」
岡村はその年限りで
ユニフォームを脱いだ。
