アナログ盤にサインとセントラルパークにでた
ツチノコを描いてもらいながら、聞いてみた。
「あのブルーノート盤に残した《メリーさんの羊
》を
演奏する際、グラント・グリーンや他のサイドメンは
どんな反応したんですかねぇ?」(通訳はドラマーの小林陽一さん)
「当時、ブレイキー逹だって
《スリー・ブラインド・マイス》(マザーグースの曲)とか
演ってるんだから、
ミュージシャン逹はそんなこと気にしないよ。」
なんて答えがかえってきた。
それにしても最後の第3ステージになると、
20人ばかしの観客も段々とミュージシャン逹を
囲むような感じで近づいてきて、
まさに一体となって盛り上がった感じでした。
50年前のハーレムのオルガン・ジャズクラブって
こんな雰囲気だったのかな?
あと余談ですが、小林さんのMCで
興味深い話をひとつ。
ブレイスは1960年代に6,7年ソーホーで
ジャズクラブを経営していたという。
(奥さんが結構、お金持ちだったらしい。)
しかし、店をたたんだ理由は、
やはり当時のドラッグ事情が絡んでるらしい、とのこと。
ブレイスさんは酒・タバコ、そして、もちろんドラッグを
やっていない。(やってないから、70歳超えてもバリバリ現役で
いられるわけだ。ルー・ドナルドソンにも同じことがいえると思う。)
うーん、やっぱり当時のモダンジャズとドラッグは
どうしても切り離せない・・・。
ちょっとピンボケ…

