<産経抄>辛抱のとき 集団避難 2024/1/24 05:00 | 徒然なる儘に・・・
    金沢市の施設への集団避難を前に、父親(右)と言葉を交わす中学生=21日午前、石川県能登町

    貧しい家に生まれた吾一少年は、高等小学校を卒業して奉公に出た。親からすれば、まだかわいい盛りである。息子が初めて帰省する日の朝、母は<特別はやく起きて、ゆうべのうちに買ってきておいた、アズキを火にかけた>。

    山本有三の長編『路傍の石』に、そんな場面があった。<あづき煮てやぶ入り待つや母ひとり>。正月とお盆に、奉公人が店から暇をもらって親元に帰省することを、昔は「やぶ入り」と呼んだ。句が描くのは、息子の好きなぼた餅を作りながら、帰りを待ちわびる親心である。

    吾一少年もまた、母への思慕に身を焼かれながら奉公先での勤めに耐える。年の頃は12、13歳、いまの中学生と同じ年代である。つらい選択だったに違いない。どんな事情であれ、親と子が離れ離れにならざるを得ない境涯は、見るにしのびない。

    能登半島地震の被災地では中学生の集団避難が始まった。学校が避難所となり、授業再開の見通しが立たないところは多い。すでに石川県輪島市の生徒が県内の研修施設に移っているほか、21日には珠洲市能登町の生徒も新たに避難したという。

    ▼避難生活は最長で2カ月ほどに及ぶとみられる。仲間と一緒とはいえ、慣れない共同生活だ。親元を離れ、不安を覚える生徒は多いに違いない。親御さんも気が気ではないだろう。勉学が最優先としても、心身のバランスにきめ細かな気配りを要する年頃であることは忘れまい。

    ▼列島には、この冬一番の寒気が流れ込んでいる。日本海側では雪や風が強まり、猛吹雪への警戒が必要な地域もあると聞く。集団避難の中学生たちにとっては二重につらい北風だろう。<雪 イトド深シ/花 イヨヨ近シ柳宗悦。辛抱の先に咲く花は必ずある。

     

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