突然ですが、今の旦那との出会いをお話しします。

 

 旦那とは大学が同じでした。入学したての頃、旦那を一目見て、「あっ、この人!」とビビビッときました。別に旦那はイケメンではありませんが、なぜだかそう感じたのです。


 旦那とは学部が同じものの、その中の大勢の一人でした。そんなに親しく話したこともなかったし・・・。でも、なぜかお付き合いするという確信があったのです。


 そのとき人づてに聞いたことによれば、旦那は当時別の人とお付き合いしていました。でも自分の心の中では、「そのうち、付き合うことになる。」という不思議な確信がありました。


 その2か月後、突然の旦那からの電話電話 電話番号をどうして知っているのかもびっくりでしたが、用件は2人で遊びに行こうというお誘いでした。


 実は、白昼夢とでも言うのでしょうか、旦那とデートする空想(妄想?)がもう私の中でできあがっていたのです。

 それは、ある公園で語り合って、そのあとある喫茶店(まだ行ったことない喫茶店でしたが、位置と中はリアルに想像できた)でお茶するコーヒーというもの。


 実際、そのお誘いはOKして行くことになりました。

 誘われた先は・・・。なんと妄想で見ていた、あの公園ビックリマークそして、おしゃべりの後、お茶でもしようかと誘われたのは、またも妄想の喫茶店ビックリマークしかも、内装や2人が頼むものまでピッタシ妄想と合致あせる これがシンクロニシティってやつですかーーー?


 いやあ、ほんとにこんなことがあるんだなあって驚いた記憶があります。

 

 その妄想(?)が実現するまでの気持ちは、ただただワクワクすること。だって、なぜか確信がありましたから。(根拠はぜんぜんなかったんですけど。)


 旦那はまだ、元カノと付き合ってるってこと知っていましたから、そのときも、それからも、別段自分からはアクションを起こしませんでした。


 その半年後、きれいさっぱりと別れたからと、正式に付き合って欲しいと言われ、交際に発展しましたラブラブ 大学時代は、おかげでほんとに楽しかったですよ。


 今思えば、これって潜在意識の活用だったのですね。あのときはもっと純粋だったのかしら・・・。あのときの手腕があれば、今は怖いものなしなんですが・・・べーっだ!



 前回のブログに書いた頭のけがは、すっかりよくなりましたにひひ  こんなにも頭を洗うのが爽快だとは・・・。ふだん普通にしていたことが、なんか新鮮に感じられました。


 この一件で、やはり考えさせられたのは自分が親切や幸せを受け取る心の準備がないこと汗いつも遠慮していては、ふとした拍子に孤独感にさいなまれるものなんですね。


 ここのところ、自分の心の癖をじっくりと見つめ直してみました。

 私が他人とかかわる上での重要項目は、まず「迷惑を掛けたくない」ということ。言い方を変えれば、いつもよく見られていたい、自分を邪魔者だと認識されたくない、というところでしょうか。

 だから、親切にされてもついつい遠慮する癖があります。自分はほかの人に親切にするの大好きなんですけどね。


 もっと掘り下げると、ただ単に「嫌われたくない」というだけの小心者カゼなのかもしれません。自分が無条件で愛される存在だという自信のなさに基づいているのでしょう、他人の親切を遠慮するのも、自分が他人に親切にするのも。


 幸せになるにはそのイメージも大事だけれど、そうなったときにその状態を「当たり前にこと」として受け取る必要があるようです。

 いざ幸せになっても、その幸せを「どこかおかしい」という認識があっては、それが潜在意識に取り込まれて、幸せは長続きしません。それは人間関係も、お金も、名誉も同じこと。


 自分が大切であれば、素直に優しさを受け止められるようになりたい。それであって、初めて人に優しくできるのだから・・・。

 今回のけがは、そんなことを改めて考える、いいきっかけとなりました音譜








 先週に職場で5針縫うけがをしちゃいました。頭に・・・。

 幸い後頭部だったので、それほど目立ちません。治療のため、ちょっと髪を剃られてしまいましたがダウン


 ドアの角で頭を打ってしまったんです。頭って切れやすいんですね。たんこぶができた程度かなあと頭に手を当てたら、な、なんと血がべったり・・・叫び それほど痛くはなかったんですが、けっこう傷が深かったらしく、同僚のススメでそのまま病院へ。


 そんなに痛くはなかったけど、5針も縫うというお医者さんの話に、ちょっとショックを受けました。そんな私に、看護婦さんの優しいことラブラブ

 「大丈夫?痛かったねえ。治療もちょっと痛くなるけど、我慢してね。」

と言ってくれ、(大の大人の私に・・・)消毒をしたり、ピンで髪を留めたりするたびに、「ごめんね、ごめんね、大丈夫?」ととにかく優しくって、感激してしまいました。傷の痛さよりも、この優しさに泣きそうになってしまいましたカゼ


 家族は、というと・・・。子供はしっかり心配してくれました。旦那は1週間の出張中だったため、心配掛けたくないと思い、あえて伝えませんでした。しかし、帰ってきた次の日には一応伝えました。その反応は・・・。


 「え?そうなの?うっっそー。」


 ま、だいたい想像はしてましたけど、これぐらいなもんですシラー 比べちゃいけないけど、反応薄っ!それほど傷は痛まないし、大丈夫だけど、正直もうちょっと心配してほしかったのです。職場の人や看護婦さんの方がもっと心配してくれたよーーカゼ


 まあ、こんな反応が帰ってくるのが予測できたので、かえって伝えると落ち込みそうで怖かったんですね、私。しばらくどんよりしていましたダウン


 でも、あれこれ考えるとこれも自分が蒔いた種かなあ、と思いました。なぜかというと、私は昔から「自分さえ我慢すればいい。心配しないで。」というタイプなのです。だから、優しくされてもそれを跳ね返して、素直になれない。実際大丈夫なときが大半ですが、大丈夫でないときも「大丈夫、大丈夫。どうってことない。」と空元気に言ってしまうのです。まわりの人にとったら、「せっかく心配したのに、なーーんだ。」って思うでしょうね。きっと感謝の気持ちも表せてないのでしょう。


 そんな体験が重なって、旦那も次第に反応が薄くなっていったのでしょう。周囲の状態は自分の心の鏡、ですもんね。

 優しくされることや、甘えることに慣れていない私・・・・。「もっと自分の心に目を向けて、強がらず正直になれば?」と、別の自分に言われているような出来事でした。

ああ、変わらなくちゃ!


 少しネガティブになってしまいましたが、多少持ち直しました汗

 傷はお医者さんに言わせると、驚異の快復力で治ってきているそうです。傷を避けて髪を洗うのに苦労しますが、まもなく全力でシャカシャカ洗える日が来そうです!