前回のブログに書いた頭のけがは、すっかりよくなりましたにひひ  こんなにも頭を洗うのが爽快だとは・・・。ふだん普通にしていたことが、なんか新鮮に感じられました。


 この一件で、やはり考えさせられたのは自分が親切や幸せを受け取る心の準備がないこと汗いつも遠慮していては、ふとした拍子に孤独感にさいなまれるものなんですね。


 ここのところ、自分の心の癖をじっくりと見つめ直してみました。

 私が他人とかかわる上での重要項目は、まず「迷惑を掛けたくない」ということ。言い方を変えれば、いつもよく見られていたい、自分を邪魔者だと認識されたくない、というところでしょうか。

 だから、親切にされてもついつい遠慮する癖があります。自分はほかの人に親切にするの大好きなんですけどね。


 もっと掘り下げると、ただ単に「嫌われたくない」というだけの小心者カゼなのかもしれません。自分が無条件で愛される存在だという自信のなさに基づいているのでしょう、他人の親切を遠慮するのも、自分が他人に親切にするのも。


 幸せになるにはそのイメージも大事だけれど、そうなったときにその状態を「当たり前にこと」として受け取る必要があるようです。

 いざ幸せになっても、その幸せを「どこかおかしい」という認識があっては、それが潜在意識に取り込まれて、幸せは長続きしません。それは人間関係も、お金も、名誉も同じこと。


 自分が大切であれば、素直に優しさを受け止められるようになりたい。それであって、初めて人に優しくできるのだから・・・。

 今回のけがは、そんなことを改めて考える、いいきっかけとなりました音譜