
¥500
Amazon.co.jp
これこのブログでレビューしたっけ?
覚えてないので一応感想。
「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」というなんとも秀逸なタイトルに心惹かれていたが、なかなか読む機会がなく(というより買っていなかった)ようやく手をつけた。
あらすじもなにも知らなかったので、はじめに海野藻屑、という名前を聞いたとたん「おいおい、いきなりラノベっぽさ全開だな」と呆れかけたがそうではなかった。
とても悲しい、辛くてもどかしい物語だった。
はじめから結末はわかっていて、いったいどのようにその結末に向かっていくのかと、傍観者として読んでいくつもりが、いつのまにか「結末が変わっていてほしい」などと願っている自分に気づく。
砂糖菓子の弾丸を打ち続ける海野藻屑は、なんとなくよしもとばななの「TSUGUMI」のつぐみを彷彿させる。奇人で強がっていても、美しさと儚さが滲み出ている二人は少し似ているような。
ウサギの飼育係をし、兄を神格化し、庇護しているなぎさと、虐待されてもなお父親を愛し続け、空想の世界に浸り、それをぶつけることで存在を維持している藻屑は、期待を裏切られる苦しみや孤独といった負にあふれた現実との戦い方から、互いの親和性を見いだしたのではないかと思う。
兄は藻屑がいっいてた通りネットで知識を得ていたのかな?
2ちゃんねらーだったのかな?ストックホルム症候群とか、サイコパス診断とかどこかでみたことあるwwwというものばかりでなぜか恥ずかしくなった(笑)
私が思うに、藻屑の父親への愛情とか庇う理由は、ストックホルム症候群というよりは、安全の欲求からくるもののような気がする。
どんな親でも一緒に生活するかぎり子どもに安心を与えている。
藻屑の父親もたまに行き過ぎることもあるが、藻屑にとって父親の暴力は常に存在するものであり、未知ではない。想定内に行われることだ。一番信頼できるはずの親に暴力を受けている彼女が、「児童相談所の人間は暴力をふるわない」と信じることができるだろうか?
赤の他人は力もやり方も未知だ。もしかすると父親よりひどいことをしてくるかもしれない。想定外の状況に陥るよりは父親の場所のほうが安全だ、などと錯覚し、その安全の欲求を父親への愛情と思い込むことに繋がっているのではないかと考えた。
子供たちの心の動きや人間関係はものすごく殺伐と描かれているのに、母親や教師には緊張感のなさが目立った。ここに中学生の世界と大人の世界の距離を感じる。
その距離の中間、というか少しずれたラインに立っていたのが藻屑の父親である海野雅愛やなぎさの兄の友彦だ。
海野雅愛はそのまま違うラインを突き進んでしまったが、友彦は迷いながらも、なぎさや大人たちのいるラインへと軌道修正をはかる。
友彦の変化はこの物語の大きな救いだった。
大人になると、中学生のころの不自由さを忘れてしまう。力のなさを忘れてしまう。あのころは人生を揺るがすような悩みだったことが、とるにたらない些細な悩みに思えてしまう。「暴力も喪失も痛みもなにもなかったふりをしてつらっとある日大人に」なってしまうのだ。
この本は読んでいて少し苦しいが、あの頃の世界の大きさをもう一度感じさせてくれる1冊だった。