大人になるってどういうこと | 無題

無題

いろいろと

ゆにこさんとkonozamaさんのコメントに返信しようとしてたら異様に長くなってしまったためこちらに。
ちょっと共通性がある話題だと思うので一緒に書きました。

過去と現在のギャップを考えると、自分とは何かという問題に立ち返る気がします

昔の恋人なんかと同じように、昔の自分の方が輝いていたように思える。
ここにいる自分と昔の自分が同じ直線上にいるなんて信じられなくなる。
ゆにちゃんには反対の現象が起こっているのかな?!過去における後悔の方が大きい?

辛いことや悲しいことって嫌でも心に染み付いてしまうのに、楽しいことや幸せなことはどんなに噛みしめようと思っても容易じゃないし、時間の感覚が早くなるから過ぎてしまってから気づくことが多い。だからこそネガティブな思い出の方が強く心に残るのかもしれない。たぶん。
わたしはわりとその逆で、昔はよかったなあ、なんて老人的な思考になってしまう。
きっと自分の脳みそが都合の良いように構成し直しているだけだとは思うけれど。

ちょっと話は変わるけど、わたしも常々このブログに吐露しているようなダークな気持を抱えながらも、人間関係では八方美人な方ので、どことなく罪の意識を感じることもあったけれど、環境に合わせて人格形成する適応能力だとうまいように解釈することにしました(笑)

今ある自分と本当の自分の話は、偽善と善の話にも似ているかもしれません。
そして、そのギャップを克服する術は「実行」と「開き直り」でしょうかね。
真実は他人ではなく自分が決めることで、「本当の自分」とやらは自分にしか分からない、決められない。
だからこそ、自分が一番始めに現状を認めてやらなければならないのかも。

トロッコ問題においても、同じことが言えますね。ほんときのこの山とたけのこの里www
正義という社会に関わる問題なので、環境や文化に支配されている部分もありますが。

二元論で良いと言われてなんだか嬉しい?ですwww
知識は乏しいので新たな考えは導き出せてませんが、いろんなことに反応できるアンテナを頭に立てたいと思ってます。

大人になることは悪いことじゃないはずのに、どうして私たちは年を重ねるごとに何か大切なものが損なわれてると感じてしまうんでしょう。
確かに想像力は減ってしまうけれど、その対価として得ているものもあるはずなのに。
知識や経験に対して、想像力や夢のほうが輝いて見えるのは何故なんでしょう。
本当に私たちはつまらない大人になろうとしているのでしょうか。

なんだか論点がずれにずれてしまってすいません。

でもこれから年をとることを余儀なくされているのに、「大人はつまらない」と結論づけてしまうのはなんだか虚しいですよね。いや、結論付けているのは私なんですがww

なにが言いたいかというと、「大人になると夢がなくなる」「夢がないこと=つまらない」
というレッテル、「普通の主婦」や「普通のサラリーマン」へのマイナスなイメージをどうにかして払拭できないかということです。ん?そんなこと言いたかったっけwww

払拭とまではいかなくても、私たち(主観ですが)そういう常識にとらわれているってことを書きたかったのです。

今日はなぜか文章が偉そうになっているというか意味不明にキレてる雰囲気を出してしまっている気がします。
別に偉ぶりたいわけじゃないので赦してくださいw