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☆内容紹介
細長く薄気味悪い座敷に棲む狐面の男。闇と夜の狭間のような仄暗い空間で囁かれた奇妙な取引。私が差し出したものは、そして失ったものは何だったのか-。『小説新潮』掲載の表題作ほか、妖しくも美しい奇譚全4篇を収録する。
☆感想
恐ろしすぎてレビューできないとすら思ったけれども、謂れのない使命感から感想を書きます。
まず、読んでいて背中が粟立つような恐怖に襲われる。
ぞくりぞくりと忍び足で、雨だれが布を湿らせていくような恐ろしさ。
しかし、そこには妖艶な、しっとりとした美しさが漂う。
覚えのない街並みにノスタルジーを感じるのはなぜか。
古い街独特の臭みというか、色合いが頭のなかに描かれる。
怪異というのは、ビルがひしめき、夜でも煌々と輝く都会にいると身近な恐怖には思えない。
私たちがおびえるのは生身の人間であったり、幽霊なんかだ。
でも京都という街が、獣のような非現実なものに、いくらかの現実性を与える。
私も大学に入るまで田舎に住んでいて、父方・母方両方の祖母の家には「お稲荷さん」があった。
庭にある大木の下に、裏庭の池の横に、それはあった。
受験のときにお参りをしたり、いなり寿司をそなえたりしていた。
近所の老人たちがたまに参拝しに来るのも見たことがある。
なぜ祖母の家の庭に稲荷神社(とは言っても小さな鳥居と祠のようなものがあっただけ)があったのか、
幼い私にはわからなかったし、それが普通のことだったので、特に尋ねてみることもなかった。
ただ母が、「おばあちゃんちでは犬は飼えないんだよ」「幽霊よりもコンコンさまのほうがこわいんだよ」などと言っていたのはよく覚えている。
「きつねの顔になった女の人」の話も誰かから聞いたことがあるような気がする。
北海道で実際に見るまで、私の想像上のきつねはなんとなく畏怖を感じさせるような神聖な生き物だった。
北海道のキタキツネは可愛かった。
この「きつねのはなし」に出てくる狐(胴の長い獣)は、私の想像していた狐ではないだろうかと思って、
余計に怖くなった。
じいさま・ばあさまたちが語る民話とかおとぎ話って、若い人が語るそれとは味が違う。
妙に信じてしまう。読み終えてつかんだのはそれを聞いた時に似た感覚だった。
日本特有ののたおやかな妖しさが、静けさが、「自分も知らぬ間に憑かれているのかもしれない」という恐怖心を煽るのだろう。
文体はいつもの森見節ではなく、美しい静謐な日本語で書かれていた、という感じ。
すごいなあすごいなあ、しかしよくもまあこんなに気味の悪いことを書いて平気だなあと思った。
「果実の中の龍」は日本版「ビッグフィッシュ」みたいだった。
自分で語ることが全部胡散臭く感じる……ってのは「人間失格」っぽいなーなんても。
つまらない現実を語るよりも魅力的な嘘をつくほうがずっとマシなんじゃないか!?と思える。
先輩の言葉にぐっとくるものがあった。
「でもねえ、今でも思うんだけど、嘘だからなんだというんだろうな。僕はつまらない、空っぽの男だ。語られた話以外、いったい、僕そのものに何の価値があるんだろう」
うん、思ったより長く書けたかな(笑)
とりあえずトラウマ決定です。好きだけれども。
あなたの家の廊下の奥の方、狐の面をつけた男は立っていませんか?
街を歩いていて妙な影がふっと通り過ぎたりしませんか?
画面を覗き込むあなたの顔が、大きなケモノに見えたんですよ。