感想☆死にぞこないの青/乙一 | 無題

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死にぞこないの青 (幻冬舎文庫)/乙一

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乙一さんの良いなあと思うところは、あとがきのユルさです(笑)
ああいう気取らないあとがきを読むとこの人はきっと良い人なんだろうなあと思う。

あまり好きなタイプの小説ではないけれど、すごいと思う部分が多々あった。
こども心をどうしてこんなに描けるんだろう。記憶力なのかそれとも、童心を忘れていないのか。

私も小学校高学年までは異常なほどの人見知り(多分)だったから、先生に話しかけられない気持ちとか、明るいグループの子たちと話すときは緊張していたことを思い出した。
外で遊ぶのが大っきらいで、太ってたしw静かな友達と自由帳に二コマ漫画描いたり、学級文庫読み漁ってる子どもだった。
自分が暗いとかそういうふうには思ってなかったのが幸いww何も考えてなかったからねw

内気なマサオ少年に共鳴するものはあったけど、読んでいてもどかしかった。
どうして言えないのおおお!?どうしてチクれないのお!?って。
そういうふうに思うのは、私がもうすでに大人のバイアスでしか物事をとらえていないということかもしれない。

こどもの無邪気は残酷だ。
「係りを決める」とか「席替え」とか「グループ分け」みたいな、些細なトラブルがイジメの引き金になったりする。
いじめは暴力だけじゃない。
そんなことは子どもながらに理解できているはずだけれど、集団生活の中でそういう流れに従わざるを状況はもしかすると大人よりも多いのかもしれない。
流れに身を任せるのは子どもにとっても保身であるわけだし、自ら身を守るには体力や知識が不十分な故に、余計クラス内のマジョリティ対抗することが難しくなるのかな。

こそこそ陰口を叩いたり、それとなくグループから省いたり、そっけなく話したり。
あったなあ。そういえば。
それもやられた方はだいぶこたえるんだよね。

何かをスケープゴートにして不満を抑えるという仕組みは、結局のところどの社会にも存在している。
ナチスの政策だってそうだったし。
頭の柔らかい成長期に、マサオのような洗脳と恐怖を与えられたらそりゃどうしようもないのかも。

でも私が思うにこうやって子どもを狂気へ向かわせてしまうのは、やっぱり親の責任ではないかと。

「親を悲しませたくない」から親には打ち明けない。いじめられてるなんて言えない。っていうのがデフォだけれど、子どもがいじめられていることを言えない状況、言えないと思わせるような関係を作った親が悪いでしょうと思ってしまう。
つまり、親に対して絶対的な信頼を持っていないから子どもは言えないわけで、自分よりお母さんが苦しむのではないか、とか思っちゃうんだよね?
お母さんに言えばなんとかなる、守ってもらえる、勇気をもらえる、そんな風には思わないんだよね、そういう子って。

私の場合、なにか学校で嫌なことがあったら(○○ちゃんにいじわるされた、○○先生がいやだとか)全部親に言っていたから、親に相談できないっていう気持ちが共感できない。
うちの親がそれで怒って学校に電話するなんてことは滅多になかったけれど、気持ちを打ち明けて、「ああ、お母さんだけは何があっても私の味方なんだ」と思うことで気持ちが楽になったのを覚えている。

そう考えるとうちの親はすげえなwwww

いやがらせや不当な対応を受けることだってあったし、「もう死にたい!死んでやる」って暴れたこともあった。中学生の頃だけどね。
でも、そこで誰かが見ていてくれたから、自分にストップをかけることができたし、今思うと「死にたい」って言うことで心配させたかっただけだったなwとも思う。私わこんなに苦しいんだ!って分かってほしいだけだったなって。

もし、そこに誰もいなかったら、「馬鹿なことしてるんじゃない」って叱ってくれて、悩みを聞いてくれる親じゃなかったら、私だってどうなってたかわかんないわ。

子どもはまだ死の重みなんて分かんないし、自分が死ぬことで相手に復讐できるんじゃないか?なんてわりと簡単に思ってしまう。
死ぬことがどんなことか分からないうちに、自ら死を選ぶ人の方が多いんじゃないかな。

まあいろんな意味で考えさせられる小説でした。
ストーリーどうこうが良かったんじゃなくて、小学生のリアルを見せてもらったって感じ。
うん、ちょっと子育てについて考えちゃうねw