真っ赤なウソ/養老孟司 | 無題

無題

いろいろと

真っ赤なウソ/養老 孟司

¥1,260
Amazon.co.jp



※この本は養老孟司さんの講演をもとに構成・出版した本です。
    ↑

これを最初に書くべきだと思いました。だって読んでいて論理的であることとそうでないことがあるんだもの。
講演だったら、彼の表情だったり、喋り方だったりそういう非言語的なコミュニケーションで理解しえるんでしょうが、
すべて言葉で書かれてしまうとすべて言葉から理解しなきゃいけなくなる。
だからつじつまが合わないことが沢山出てくるんです。

例えば、「人は、牛や豚は殺すのになぜ人間を殺してはいけないか」という問い(命の重さをどうとらえるかという質問に関して、著者が持ち出した問い)に対して、
著者は「答えは簡単です、人を殺すのは容易じゃありません。鉄砲玉やナイフが殺してるんです。昔はけんかするなら素手でやれと言われていた~云々」と説明しています。
これって論理的な回答でしょうか?
簡単じゃないから殺してはいけないよ。ということなんでしょうか、違いますよね。

本の中には様々な質問に答える部分があるんですが、どれもしっくりこない回答でした。
私の頭が悪すぎるんですね。

とりあえず重要だと思ったことをまとめてみます。

・独創的というのは誰にも理解しえないということ、「心は個性を持っている」という現代の価値観に対して批判

「個人心理というものが仮にあるとして、それは個人だけに特有の独特のものであると定義するなら、定義によって他人には理解できない」p38
存在するのは社会心理社会心理だけ。

・今の日本は一神教化している。キリスト教的な考えに支配されている

例えば名前が一生変わらないように「私は私であって変わらない」という考え方が浸透している。
これは明治以降の考え方で、それまでは約束に応じて名前も変えていたから、名実ともに人間が変わっていた。
明治以降の「変わらない私」という考えは「諸行無常(すべてのものはうつり変わる)」という仏教の思想と矛盾する。
昔は死を当然のものとして受け入れていたが、今は「なぜ変わらない私が変わらなきゃいけない」という考えにとらわれているため、
死を極端に嫌がる。
無意味な延命治療や、同意のもとに安楽死させた医者を後々訴える遺族が出てくるのも「変わらない私が死ぬわけがない」という考えがまかり通っているため。

・死後の世界

 「生まれる前にどこかにいたっていうんなら、死んでからどこかへ行くというの分かるけれど、『自分の初め』が分からないものが、『自分の終わり』が分かるわけがない」p150

「ところが『同じ私』というものをどこかで信じ込んでいるものですから、いつまでも『同じ私』がどこかにいないとおかしいと考える」p150

・科学的言明には人はいらないが、宗教的言明には人が必要

科学で証明されたことは、だれでもいつでも同じ方法でやれば証明できるが、宗教で証明されたことは誰でもできるわけではない。
たとえば、「私は極楽を見た」と誰かが宗教的発言をしても、それを追体験できなければ人は信用しない。
科学を信頼しすぎ?

・「倫理」という言葉がうやむやになっている

みんなが守るべきものはマニュアル。個人的に考えるべきものが倫理。

・全知全能の神がいるからこそ学問に励める

たった一つの真実があるからこそ、追究できる

・宗教は「ウソからでたマコト」

本来、宗教はリアリティー(真善美)を説くもの。
「ハリーポッター」や「千と千尋の神隠し」の役割は宗教が担うもの。

・庶民が一番恐ろしい

民主主義国家では大きな権力は存在しない。国民は皆同じ。
存在しないと定義しているから、「権力の使い方」は誰も教えてくれない。
それで、権力の使い方が分からない大人が幼児虐待をしたり、イラクでおこった捕虜虐待のようなことをしてしまう。

・権力欲は無限に増えていく

食欲や性欲は満たせば消えるが、権力欲は消えることはない。
それにブレーキをかけるのが仏教。
何でも他人のせいにしてしまう風潮。アメリカに顕著。←「己の問題」として気付かせることが宗教のすべきこと


うーん。もっと宗教をばっさり切る!みたいな本だと思っていたんですがちょっと違いました。
宗教が果たしていない本来の役割を提言しているとでもいいますか……

日本でもっと三大仏教がしっかりしてくれたら少しは心のまずしさも無くなるんですかね。