A Tree, a Rock, a Cloud/マッカラーズ | 無題

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いろいろと

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この作品は以前レビューした2作品と男女観に大きな違いがある。

今までの作品では、女性が男性の支配下にある描写や、支配下を離れようとする女性であっても男性の意見に耳を傾けている、もしくは一度は同意するという描写が多かった。

しかし、この“A Tree, a Rock, a Cloud” では、女性は離れていっただけではなく、少年に語りかける男の口頭と色褪せた写真にしか登場しない。

女性は完全に男から独立した存在になり、最終的にこの男の愛は、女性ではなくタイトルである“A Tree, a Rock, a Cloud” に向けられている。
また、度々2人の会話に口を挟むレオという男性からも、寂しさや孤独を感じた。
このように男女観に違いがあるのは、著者が女性であることが大きな理由のひとつであると思う。

そこで今回私は、男性の愛の対象や男女観がどのように変化していったのかを作品内と、他の作品との比較の観点から考察し、分析することにした。

まず、男は少年に唐突に ”I love you.” と言うが、彼が本来愛していたのはDodoという女性である。

これは "Twelve years ago I married the woman in the photograph. She was my wife for one year, nine months, three days, and two nights. I loved her. Yes..."という男の言葉から分かる。

男がここまで詳しく、結婚していた年月を覚えているのも、女性への執着心や未練があったからだと考えられる。

また、ここで注目したのはDodoという女性の容姿である。
19世紀初頭のアメリカ文学の基盤であったゴシックロマンスの作品に登場する女性は、美しい女性が多く、男性が女性に対し愛を向けるのは「不変の美しさ」だった。

19世紀中期にかけてもゴシックの風潮が完全に廃れたわけではない。
例えばレイモンド・カーヴァ―の”They’re are not your husband” という作品では、太った妻、即ち容姿が優れていない女性が登場したが、夫は妻にダイエットすることを勧め、それに固執していた。

しかし、この作品に登場する(男の話の中で)Dodoという女性は、” The suit made her stomach very big, and that was the main thing you noticed.”という少年の印象によって、彼女はそこまで美しい女性ではないことが読み取れる。

これは妊娠していたのではないかという考えることもできるが、彼女が海辺に立っていることや、男の話にその描写が無いことから、私は彼女が元から太めの女性であったのだと解釈した。

このことから、この作品の男が女性に求めていたものは「完全なる美しさ」ではないと思われ、ここにこれまでの作品との違いが見受けられた。

次に、私が視点を置いたのは、Dodoが男を残して去ってしまう、つまり女性が完全に男性のものではなくなるということだ。
男はなぜDodoが去ってしまったかも理解しておらず、世界中を探し回っても彼女を引き戻すことはできなかった。

このことから彼女が男の元から離れたことは十分に読み取れるが、よりそれを確信づけるのが、色褪せた写真と男の記憶である。
色褪せた写真は記録にさえ残ってくれない彼女を表している。

また男は写真を見ても彼女を思い出すことができないと言っており、男がDodoを忘れないために持ち歩く写真の存在を無意味にさせるほど、彼女は男の「場所」だけではなく「心」からも離れてしまっている。

以前レビューした作品には、女性が男性の元から去ることや、それを暗示させる描写があるものもあったが、この作品では物理的な別離と心理的な別離の両方を描き、男性の記憶から完全に消えようとする女性が登場しているのである。

そしてこの作品に登場する男性は主に少年と、語りかける男とレオだが、この大人の男性のどちらからも悲壮感や孤独が感じ取ることができる。

愛する女性を失い取り戻すことができない男はもちろんだが、レオもそうと言えるのは、相手にされなくてもひたすら少年と男の会話に口を出すからだ。
男は少年に話をしているのに、カフェの経営者とはいえ第三者のレオが、男に対し感情的になるのは、自分と男を重ね合わせ、まるで自分を見ているかのように思ったからではないかとも推測できる。

これは女性作家ならではの作品内での男性の扱い方であり、女性に取り残された男と会話に取り残された男がこの物語に漂う寂しさをより引きたてているように感じた。

またこのような描写には女性の社会進出が顕著であった当時の時代背景も表れていると思えた。

ここまで書き進めていくと、この作品はゴシックロマンスという枠組みで書かれた作品とは全く異なるように思えるが、読んでいくうちに共通している部分があることに気づいた。

それは男性が愛する先にあるものが「不変」なものであることだ。それを立証する上では、「写真」と“A Tree, a Rock, a Cloud” がキーになると考えた。

まず「写真」において、私はこれとポーの作品の「楕円形の肖像」を関連づけることができると思った。

ポーの作品の男性は女性の美しさを肖像画に描くことで変わらないものにしようとした。
それに対しこの作品の男は、女性の「美しさ」ではないものの、その女性の存在を記録するために写真を撮り、持ち歩いている。
しかし、あくまでもそれは記録であり、女性自身は変化し続けるもので、自分の元を去っていった上に、写真自体も色あせてしまった。写真に写った過去の彼女では、自分を離れ自立した現在の彼女を想像できない。

そして、変化する女性とその記憶を呼び起こすすべを失った彼は、それを愛することさえもできなくなった。
つまり彼は変化するものを愛せないことになる。
これゆえに彼は「愛は科学である」とし論理的に考えることで女性を愛すること自体が間違っていると思い込まなければいけなかったのだと思う。

そこで次のキーである“A Tree, a Rock, a Cloud” が登場する。彼は女性を愛する前に、“A Tree, a Rock, a Cloud” を愛せばいいと言った。

彼が愛することができた美しい光や空を飛ぶ鳥、見知らぬ人々は一瞬しか触れられないものであり、彼の中に焼き付いてしまえば変化することはない。

“A Tree, a Rock, a Cloud” もそれと同じで男にとって「不変」な存在である。

これが、男が初対面の少年に対して2回「愛している」と言った理由にもなるだろう。

少年は男が出て行った後に"Was he crazy? Do you think he was a lunatic?" とレオに聞いたが、男は狂っているのでも、酔ってでたらめなことを語ったのでもなく、彼にとっての論理的な「愛」の定義を少年に伝えたかったのではないかと推測した。

作品を比較し内容を考察することで、これまでの作品との違いや女性作家独特の男女の描き方があることに気づく。
この作品に登場する女性は、男性の存在を前提に動いていた19世紀の作品の中の女性とは違い、
自立した人格を持った女性だと判断でき、また、作者が男性の孤独を描いたことには社会的背景が影響していると考えることができた。

そして、物語に登場する男の愛の対象の変化を追っていくことで、"A Tree, a Rock, a Cloud” という一見何の意味もない言葉にも思えるタイトルは、彼の「愛」の考え方そのものを表しているということが分かった。

読み込んでいけばひとつの作品はゼロから作られているものではないのだとわかる。

ゴシックロマンスなどのジャンルが確立したように、作品の中に見られる恋愛観や男女の価値観において、少なからず、当時の時代背景や、流行、著者が好んだ作家の作風が影響しているからだ。

ただ作品を楽しむのではなく、読み込み分析することで、新しい解釈や発見ができる面白さを知った。

長々と読んでいただきありがとうございます。
たぶんもう一生アメリカ文学分析はしませんww英語はこりごりwww


A Tree, a Rock, a Cloud (Creative Short Stories.../Carson McCullers

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