演奏会の前に別のイベントに参加していまして、オープニングの「牧神の午後への前奏曲」はモニターでしか聴くことが出来ませんでした。こんなこと初めてです・・・。
演奏ですが、交響詩「海」は非常に素晴らしかったんですが、バレエ音楽「遊戯」と「ピアノと管弦楽のための幻想曲」はもう一つでしたね。ただ、この2曲については、曲自体の魅力も大きく関係していますので、全て演奏の責任ばかりではないのですが・・・。演奏会全体の流れから、この2曲の前の「牧神~」を聴くことが出来なかったのは、ちょっとまずかったですかね・・・。詳細は明日(以降)詳しく書かせて頂きます。今日は疲れていてこれだけです。すみません。
以下追記。
東京に住んでいた頃にも矢崎さんの指揮は何度も聴かせて頂きましたが、あまり感心した記憶がないんですよね。何か「ムキになる瞬間」と言うのがあって、思慮深い演奏と言うものからやや遠い、おとなになりきれていない指揮ぶりと言った印象が残っています。この日もそんな場面はありましたし、特にゆっくりとした曲で見せる「息持ちの悪さ」「間延び」と言うのも、指揮者を正面から見る位置で聴くと感じたんですが、我慢出来ないと言う程ではありませんでした。「海」、奏者も比較的良く知っている曲でしょうし、矢崎さんも振り慣れている曲でしょうから、こちらも安心して聴き通すことが出来ました。特に弱音時では細かいニュアンスも良く表現され、アンサンブルにも親密さを感じました。一方で、強奏時は金管群の勢いが強く多少バランスを欠いていた印象ですが、これは弦の編成が小さ目と言うのもあるんでしょうかね。こういう曲は弦は16型で聴きたいですよね。「遊戯」、モティーフらしきものが見当たらないし、ここと言う聴きどころも見当らず、何だか曲自体が怪しい雰囲気を持ち、捉えどころの難しい曲と言う印象。以前チェリビダッケの録音をよく聴いていたはずなのに、それを全く思い出せなかったのは、私が歳を取ったからなのでしょうか・・・。演奏ですが、音程・音色が多少濁ったような感じで、透き通った音色が必要なこの曲にしては精緻さがもうひとつだったような気がします。楽器間のアンサンブル自体は悪くありませんでした。「~幻想曲」、曲が面白くありませんね。ピアノが「添え物」みたいな感じで、ソロを楽しみに出来るような曲ではないんですね。ピアノの児玉さんの演奏は、曲に共感されながらのもので、この曲に不慣れな楽員に対しても、体や顔の表情で適切に指示を出されていたのが印象的でした。矢崎さんの指揮が多少野暮ったい感じでしたかね。ドビュッシーが協奏曲と言う分野で作品を書いていない(書く必要がなかった・・・?)理由が何となくわかるような作品でした。ピアノだけのアンコールがあっても良かったでしょうかね。この日は矢崎さんの温かい人柄が端々に感じられまして、彼に対する印象が少し変わりました。

