なんでそもそもウガンダへ行ったのか?
じつは、2025年3月ごろ、
セラピストとして限界を感じてました😢
それは、セラピストに疲れたんじゃなくて、
じぶんの無力さに。
お金をかせぐために仕事へ行って、
ストレスと疲れをためて、
お金を払ってマゼンタに来てくれて。
元気になったり癒されて帰っていってもまた…
お金をかせぐために仕事へ行って、
ストレスと疲れをためて、
またお金を払ってマゼンタに来てくれて。
その繰り返し。
「困ってる人を助けたくてセラピストをしてるのに、なんにもできてない」
と、悶々としてました。
そんなとき、銀ちゃんこと山納銀之輔さんを
YouTubeで知って。
銀ちゃんが
「人間の悩みは人間関係とお金が8割。それがない世界を作って生証人になる。」
と。
これだ!!!!!
と、ビビビときました。
「もしこの話が本当なら、目の前の困ってる人を根本的に助けてあげられるかもしれない」
「わたしができるのは身体のケア。銀ちゃんや周りな人の身体のケアをして、この文化を広める力になりたい」
「とにかく銀ちゃんに会って話を聞いてみたい」
と思ったのが2025年4月3日。
(死んだじいちゃんの誕生日👴🏻🎂)
ゆうても、当時すでに簡単には会えない時のひと。
今はご縁がないのかなぁと諦めかけたけど、
持ち前のガッツで諦めなかった✨
ついに10月に、銀ちゃんたちをマッサージするって夢が叶って、「毎月石垣にこよう」と決めました😌
そんな中、11月にウガンダ🇺🇬に行くという話を聞き、
0.00000001秒くらいで
「絶対にいく」
と決めました♪
けど、、
マゼンタを1ヶ月も休んだことない。
わたしが抜けたら売上が立たず
潰れるかも、、
と思ったわたしは、スタッフの生活を守るために、
オーナーチェンジして、じぶんは雇われ店長で借金背負ってマゼンタに残ろうと思い、新しいオーナーさんとの話を進めてました。
が、、
直前でその話がおじゃんになり。
けど正直、このとき、めちゃくちゃホッとしたのを覚えてる。
大好きな仲間と切磋琢磨して、8年守り続けてきたマゼンタ。
かなちゃんだからって着いてきてくれた仲間たち。
本当の本当は譲りたくなんかなかったんですね。
だから、ウガンダには、ある意味いのち懸けで行きました🥹
そしたら、、、
わたしがウガンダに滞在中の約1ヶ月。
仲間たちがめちゃくちゃがんばってくれて😭
マゼンタを守ってくれました。
なにより感動したのが、
出発のとき成田空港まで見送りにきてくれて、、、
帰国のときは
「無事に帰ってきてくれてよかった」
と、花束とクラッカーで温かく迎えてくれて。
ウガンダ滞在中、帰りたくない気持ちと
はやく帰ってマゼンタの仲間たちに会いたい気持ちと。
両方あじわえるわたしはどれだけ幸せなやつなんだろうって😭
マゼンタの絆と、仲間たちへの感謝と愛がさらに深くなりました。
そして、大きな大きなギフト🎁がもうひとつ。
滞在中、仲間たちのマッサージを毎日させてもらってる中で、
メニューもない
予約もない
お金もない
ただただ目の前のひとを癒す。
この時間が、ことばでは現せないくらい
わたしにとって、癒しの瞬間そのもので、
幸せで、喜びと相手への愛に満ち満ちて、
それはもう至福の時間でした。
「あぁ。、わたしはセラピストの仕事が大好きなんだ」
と。
そして、
「かなちゃんのマッサージがあったから、最後まで村づくりができた」
と銀ちゃんやみんなが言ってくれて😢
「人を癒すセラピストってすごい仕事だな」
「癒す人が増えれば癒される人が増えて、世界は平和になる」
「セラピスト仲間を増やして、癒しと幸せを世界に広げて、笑顔あふれる地球にしたい🌏」
という夢ができました。
そして、セラピストをウガンダに増やすことで、
苦しみの中にいる女性たちをまず癒して、
生きる希望を取り戻し、
いのちを輝かせて生きることを伝えたい。
という、天命が明確になりました。
ウガンダは、わたしの人生において、
大きな転換点だったんです。
さぁ、ここからどうなっていくんでしょうか😌
不安は1ミリもない。
ワクワクと情熱しかない🔥
わたしは、わたしの人生のいちばんのファンだ❣️
白紙の未来にときめきしかない💓💓💓

