「あーーもう!なんだってあの坊ちゃんはいつもいつも!」
―――現代ヨーロッパ。初夏。
ここは、某国国際会議場。・・・の外に広がる、緑に囲まれた公園。
天に向かって、喧嘩相手へ恨み言を叫びながら、一人の男が歩いている。
「だいたい、あいつは昔から美的センスがなさすぎなんだよ!せっかく俺が考えてやった環境美化のロゴを、下品だのエロいだの変態だの・・・お兄さんの美しい顔まで・・・」
溜まっていたフラストレーションを吐き出すと、下を向いてふうっと息をついた。殴り合いに発展したのだろう。赤く腫れた左頬を、波打つ金髪が撫でた。
「いいもん、今度あいつに会ったら、逆さ吊り生きたエスカルゴまみれの刑にしてやる・・・それか、ラ・ファイエットの演説耳元で一晩中朗読の刑か・・・」
憎い相手にはどんな刑がふさわしいか。考えうるあらゆる復讐方法を、ぶつぶつと呟きながら歩いていると、ふと見慣れぬ光景に気づいて顔を上げた。
ベンチに座っている、二人の人影。
一方は少年に見えたが、良く見ると鼻筋が通り、整った顔をした青年のようだった。何より目を引いた、というより奇抜なのはその容姿で、長い銀髪は後ろで一つに結ばれ、夏の始まりという時期にはあまりに場違いな、もこもこのファーがついたコートを羽織り、首元には、宝石のついたリボン。そして、一番奇妙に感じたのは、両頬に入った二つのタトゥーだった。
「月、と、太陽・・・?」
右頬には月のようなもの、左頬には太陽のようなものが描かれている。何の意味があるのか?
もう一方に目をやると、こちらも少女に見えたが、どうも人間にしてはバランスがおかしい。大きな頭に、ヘッドドレスと豊かな金髪。水色のドレスを着て、そしてこちらにもタトゥーがあった。青年と同じ、左頬に太陽のタトゥー。身長から察するに、これは人形のようだった。
二人とも、目を閉じてぴくりとも動かない。青年の方は、すやすやと気持ちよさそうな寝息まで立てている。
よくわからないコスプレ(?)をした、少女の人形を連れ歩いている青年。
世間一般の常識からすれば、
「・・・これ、お近づきにならない方がいいケース・・・だよな・・・・」
当然の反応である。
関わり合いになるのはよそう、そう決めた男がそっとその場を離れようとした、その時。
「あの、ムシュー?」
少女の声に意識を奪われ、はっと後ろを振り返ると、そこには目を疑う光景があった。
「私たちの姿が、見えるんですの?」
さっきまで目をつぶって、青年に寄り添うように置かれていた人形。それが目を開き、
自分でベンチから降りて立ち上がり、口を動かして喋り始めたのだ!
「あの、もしよろしければ、私の主人を助けて下さいませんか?先ほどこちらの地平に辿り着いたのですが、道中迷ってしまって、お腹が空いてしまわれたようで・・・」
「・・・・・・人形が、人形が・・・・・喋ったあああああ!!?」
状況を把握できない男は、目の前でつらつらと喋り始めた「人形」の話など聞く余裕はない。
「えっ!?なっなななに!?見えるって何ーーーー!?」
取り乱す男を気にしているのかいないのか、人形は更に言を続けた。さもこれが自分の役割というような、しっかりした口調。
「・・・それに疲労も加わったようで、だいぶ元気を無くされていて・・・何かお恵み頂けませんか?どうかご安心下さいまし。私達二人とも、怪しい者ではございませんので」
「いやいやいやいや!人形が喋ってるってだけで、世間的にはだいぶ怪しいからね!?」
これでも長く生きている男は、周囲で起きる並大抵の事件には動じない自信があったが、さすがに「人形が勝手に動きだし、話しだす」という事態に直面したことはなかった。人形の少女はなおも訴えてくる。とうとう自分も、幻覚と笑顔で会話するような輩になってしまったのか。
思考が追い付かない。それでも何とか、この状況を理解しようと必死な彼は、ベンチの青年がいつの間にか目覚め、こちらを見ているのに気付かなかった。
「・・・あのーー・・・僕たちのこと、見えるんですか?」
「えっ!!?」
光よりも速いスピードで向き直すと、今度は、あの何とも奇妙な恰好をした青年が、狼狽する自分へ話しかけてくる。
「オルタンスも話ができてるなら・・・見えるんですね!?よかったあああこっちの地平に来れたのはいいんですけど迷って時間かかっちゃったしその間にお腹は空くしこっちに来ても誰も僕らに気づいてくれないし疲れてお腹減って動けなかったんですよー!よかったら何か食べさせてもらえませんか!?ほんとにお腹減って、死にそうで・・・」
「だからぁあ!!!見えるって!!なに!!!!」
話せる(と判断した)相手が現れて安心したのか、自らの窮状について一気にまくしたてる青年の目は、良く見ると左右で色が違っていた。右目が青、左目が黄のかった赤。
銀髪。両頬に入ったタトゥー。青と赤のオッドアイ。喋る人形。
交互に訴えかけてくる青年と人形は、二人揃って必死な様子ながらも、どこか地に足が付いていないような、夢幻的な空気を纏っていた。
「・・・・ひょっとして、これは、まさかの・・・・・・」
―――――人間じゃない、人間ではない「なにか」とすれば。
これはもう、俺の手に負えない・・・!!
一体どうしろというのか。すっかり頭を抱えたところに、なおも訴えは飛んでくる。もはや半泣き状態の男は、はっと思い立ち、無我夢中でスマートフォンを取り出し電話を掛けた。涙で画面が良く見えない。
電話の相手は、知りすぎて反吐が出るくらい良く知っている。奴のおかげで、喧嘩相手に不自由したことは一度もない。
機会があれば殴りたいが、こういう時は一番頼りになる男。
震える手。電話が繋がると、力の限り叫んだ。
「イギリスーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」