金環日食(部分日食)をあえて見なかった。
とくに理由はないが、多分、煤のつけられたガラス板から初めてこわごわ見た幼き日の思い出を壊したくなかったからかもしれない。
古き時代へのセンチメンタリズムが息を吹き返したわけではないが、ただ何となく・・・。
とはいえ、関心は大いにあったわけで、海外を含む沢山の方のアメブロで、見事な金環日食を見ることができ満足した。
思想家ベンヤミンは「幸福であるとは、何の恐れもなしに自己を眺め得る、ということである。」と述べている。
惑星の一瞬の配列が生み出すドラマを、研ぎ澄まされた言葉で表現できればと思うばかりである。