朝がきたふたたび、うたた寝をしたまま朝を迎えた男にとって、時間の価値はときに説明がつかなくなることがある。明晰な意思で考え抜かれた時間だけが至上の価値を有するわけではないが、それにしても不眠の復活は、ある意味で可視の世界の思想の強度が破綻してきている前兆なのかもしれない。理解することと理解されることの違和は当然あるが、それを超えた対話や心の絆を求めているのかもしれない。吐く息が木の葉に変わっていく。やがて来る秋に、きみの感性は美しく時間を遡り様々な風景の余韻に浸ることだろう。