今日の日経新聞に、詩人や作家が震災で無力さを痛感しつつも、新たな表現を模索している様子が書かれていた。
例えば、詩人の佐々木幹郎は「ゆるしてほしい/わたしたちが/この大地を抱擁し/接吻することを」と歌う。
また、福島に住む詩人の和合亮一は「詩よ。お前をつむごうとすると余震の気配がする。お前は地を揺すぶる悪魔と、もしかすると約束を交わしているのか」と断片のような言葉を吐く。
さらに、歌人の東直子は「胸に咲く花も夢に咲く花もしずまりたまえ春のこの地に」と歌う。
おそらくは、そのようにしか歌うしかない、それぞれの書き手の〈現在〉がそこにあるのだ。
いずれにせよ、表現者は自分の持ち場を守って書き続けるしかないのだ。
