H21.10.24付け 著者 新聞コラム
芸術の秋だけあって、今月は「富山市美術展」を皮切りに、「越中アートフェスタ」「神通峡美術展」など大型の公募展が続く。また現在、水墨美術館では「京都国立博物館所蔵品展」、富山市民プラザではチェコガラスの「ボフミール・エリアッシュ展」が開催中だ。
ギャラリーは、ある意味で究極の非日常空間だが、アーティストが作品を生み出すまでのストイックな日常を想像するのは興味深い。写真家の南川三治郎氏ではないが、「作品を完成させる最後の一筆」にこだわっている。
この最後の一筆が見つからないため、未完のままとなっている作品がいかに多いことか。実際、画家も詩人も、最後まで推敲(すいこう)にこだわり、完成までに狂おしい時間を過ごすことになる。
さて、美術と詩の親和性の高さは、富山市出身の瀧口修造とミロやデュシャンとの関係を例に引くまでもないが、近年各地で、閉店後の画廊を利用した自作詩の朗読会が頻繁に開かれている。展示されている美術作品との競演が、詩人の肉声を鍛えているようだ。
県詩人協会では現在、県立近代美術館で開催中の「I BELIEVE 日本の現代美術」の関連イベントとして「詩の朗読会」(ヴォイス・ミュージアム)を来月15日に開催する。ぜひ詩人の渾身(こんしん)の肉声を美術館まで聴きに来ていただければ幸いである。