京都には隠れた観光名所はいくらでもある。滅多に人の寄り付かず、また十分に知れ渡っていない地域に出向いてみて、ふと出会った忘れられない出会いが、その後の自分の居場所になったりする。
会社の同僚の方から教えていただいたのが、大原の寂光院、古知谷阿弥陀寺だ。
寂光院
http://www.jakkoin.jp/index.html
古知谷阿弥陀寺
http://tabitano.main.jp/7koti.html
寂光院は三千院からも歩いていけるし、名前は知っていた。
天台宗の尼寺で、聖徳太子が御父用明天皇の菩提弔うために建立したものだ。
本尊は聖徳太子作とされていたが、2006年の火災で損傷し、復元されたものが安置されている。
他にも、宝物殿には、平家物語の写本が置かれており、「諸行無常の…」という懐かしい文句が書かれていたのをみた。さらに平家物語にでてくるびわもあった。
拝観料600円。観光客がそこそこ多いので、じっくりボーッとはできないかもしれない。
それでも三千院とくらべれば、人は少ないし、どの時間帯に行ってみても困ることはない。
立地は不便なので、バスの時間はよく考えていこう。三千院からは歩いてもいける。
三千院は今の時期アジサイがきれいだが、アジサイは朝嵐山をランニングした時にも、天竜寺アジサイ綺麗です、みたいな看板がでていた。どこでも綺麗に見られるかもしれないが、雰囲気は大事にしたいかな。
一旦焼失したが、今は復元されている。しかし、本尊が燃えてしまったのは、大変残念だ。
古知谷阿弥陀寺は、同じ大原のエリアだが、三千院や寂光院からは2キロくらいは離れている。歩くにはしんどいかもしれない。しかし、駐車場スペースは広く、バイクでの訪問は楽だった。
弾誓(たんぜい)上人が1609年に開基された如法念仏の道場だ。
上人は厳しい修行の末に、尊号をさずかり、最後の修行地として古知谷を選んだとのことだ。山中深く入り、岸壁をほって、洞窟に住み込んで念仏三昧の日々を送っていたとのことだ。
このお寺は、とても静かでいい。本当に良かった。自分の独断のランクでは、神護寺と並ぶ最高クラスにあるといえる。その絶対的な静けさと、寺内部は、拝観料300円を支払ったあと、自由に中を散策でき、本堂にあがって、自由に本尊を眺めていられる。
観光客の監視があるというよりも、住職や受付の方はあまり干渉しないので、僕たちは自由にくつろがせてもらったし、観光客が自由に書き込める日誌などもあって、親近感が感じられた。
もっとも、急勾配を登ってお寺に辿り着くため、足の悪い方は難しいかもしれない。山道はコケがびっしり這っていて、コンクリートもよく滑る。
入口から、10分くらいあるいたかな。
上人は修行として、経を唱えつつ、ミイラとなった。ミイラの住職がいるということでも有名だ。
この看板の隣に当時の洞窟がそのまま残っている。縦横5メートル、高さ3メートルくらいの岩の洞窟の中に、石造りの密閉型小部屋を用意して、上人はその密閉空間で、経を読み続け、声がしなくなったところで空気穴をふさぎ、完全密封したという。住職のミイラはいまも中にあるのだ。さすがに写真はとらなかった。これは見て欲しい。
本当に静かだった。修行する地としては、万全だったのかもしれない。
山道の入口
まだまだ、奥深い神社仏閣があり、探求の余地がある。
メディアでも取り上げられているものもあれば、ひっそりしたところにたたずむお寺なんかもある。
由緒あるもの・浅いもの、寂れた所・にぎやかな所、
きっと、どこであってもいい。
自分がふと出会ったところが、居場所になったりするんだと思う。



