私はあまり電話が好きではありません。
ものすごく気心の知れた友人や家族とは
長電話をそうとう頻繁にするのですが(大好きじゃん)
その域に達していない大多数の人と
電話で話すのはあまり好きではありません。
むしろ、メールの方が好きなくらいです。
今までさんざんメールの(というか文字の)
解釈一つが引き金となって
たくさんのいざこざに巻き込まれてきたのに(大げさです)
電話よりメールの方が好きです。
そう思うのはなんでだろうと改めて考えてみて、
電話は相手の姿や表情が見えないから、
ものすごく無責任でいられるような気がするからだと
最近気付きました。
例えば、テーブルを挟んで向かい合って話すとき、
相手の目を見て、聞いて、相槌をうって、
何を言おうか考えて、口に出して、その繰り返し。
たまには上の空、ということもあるでしょうが
だいたいの場合において会話に集中していると思います。
それから、メールを書いているときはそれはそれで、
たぶん画面だけを見て何を書こうか、
それに集中するでしょう。文字は残ってしまうし。
でも、電話は違う気がするんです。
相手が泣きたい顔をして明るい話をしていたとしても、
それに気付くことができないばかりか
こっちはお笑い番組をねっころがって見ながら
さも真剣に聞いているようなフリだってできるんですから。
(メールの真剣さも疑わしいものかもですけど)
だから、私は電話がきらいなんだと思います。
電話で話すくらいなら、会いたいです。
会って、話したい。
世界で今唯一会って話せない人が、
私がもっとも「電話なんかで」話したくない人だ。
そんなとき、どうしようか。
ものすごく気心の知れた友人や家族とは
長電話をそうとう頻繁にするのですが(大好きじゃん)
その域に達していない大多数の人と
電話で話すのはあまり好きではありません。
むしろ、メールの方が好きなくらいです。
今までさんざんメールの(というか文字の)
解釈一つが引き金となって
たくさんのいざこざに巻き込まれてきたのに(大げさです)
電話よりメールの方が好きです。
そう思うのはなんでだろうと改めて考えてみて、
電話は相手の姿や表情が見えないから、
ものすごく無責任でいられるような気がするからだと
最近気付きました。
例えば、テーブルを挟んで向かい合って話すとき、
相手の目を見て、聞いて、相槌をうって、
何を言おうか考えて、口に出して、その繰り返し。
たまには上の空、ということもあるでしょうが
だいたいの場合において会話に集中していると思います。
それから、メールを書いているときはそれはそれで、
たぶん画面だけを見て何を書こうか、
それに集中するでしょう。文字は残ってしまうし。
でも、電話は違う気がするんです。
相手が泣きたい顔をして明るい話をしていたとしても、
それに気付くことができないばかりか
こっちはお笑い番組をねっころがって見ながら
さも真剣に聞いているようなフリだってできるんですから。
(メールの真剣さも疑わしいものかもですけど)
だから、私は電話がきらいなんだと思います。
電話で話すくらいなら、会いたいです。
会って、話したい。
世界で今唯一会って話せない人が、
私がもっとも「電話なんかで」話したくない人だ。
そんなとき、どうしようか。