「共感する」ということは、どういうことでしょうか。
私は本当にBLOG初心者で、
ひとのを読んでいただけの期間を含めても
1ヶ月くらいのものです。
そこで非常に強く感じるのは、「共感」がもたらすもの。
私が今まで1人でああでもない、こうでもないと考えていたことが
他の誰かのBLOGに書かれていたりだとか、
この表現、ほんとによくわかるなぁとか、
自分だけが体験した自分だけの思い出によって
自分1人で感じたはずのものが
実はどれほど世の中にありふれたものであったのかを
BLOGを通して感じられたように思っています。
昨日の記事のような、世の中に出回る歌やドラマじゃなく、
本当に普通の人の言葉の中にそれを見つけると
まさに「共感」という言葉が浮かんできます。
「共感する」ということは、自分以外にも同じように考える人を
見つけるということで、それはある種、
味方を増やすような感覚を私たちにくれるのかもしれません。
だから、共感したときにあんなにうれしいのかもしれませんね。
ただ、自分が感じたことがありふれたものであると感じることは、
自分の孤独感を消し去ってくれるという良い点もあるけれど、
(例えば私だったら)私と彼しか知らないはずの
楽しかったことや共有した時間なんかが
とてもちっぽけで安っぽいものに思えてしまう、
そんな瞬間があるのも確かです。
私はそんな風にして
自分の大切な過去が大切さを失っていくことを
「立ち直る」ということだと
思っていたのかもしれません。
私は本当にBLOG初心者で、
ひとのを読んでいただけの期間を含めても
1ヶ月くらいのものです。
そこで非常に強く感じるのは、「共感」がもたらすもの。
私が今まで1人でああでもない、こうでもないと考えていたことが
他の誰かのBLOGに書かれていたりだとか、
この表現、ほんとによくわかるなぁとか、
自分だけが体験した自分だけの思い出によって
自分1人で感じたはずのものが
実はどれほど世の中にありふれたものであったのかを
BLOGを通して感じられたように思っています。
昨日の記事のような、世の中に出回る歌やドラマじゃなく、
本当に普通の人の言葉の中にそれを見つけると
まさに「共感」という言葉が浮かんできます。
「共感する」ということは、自分以外にも同じように考える人を
見つけるということで、それはある種、
味方を増やすような感覚を私たちにくれるのかもしれません。
だから、共感したときにあんなにうれしいのかもしれませんね。
ただ、自分が感じたことがありふれたものであると感じることは、
自分の孤独感を消し去ってくれるという良い点もあるけれど、
(例えば私だったら)私と彼しか知らないはずの
楽しかったことや共有した時間なんかが
とてもちっぽけで安っぽいものに思えてしまう、
そんな瞬間があるのも確かです。
私はそんな風にして
自分の大切な過去が大切さを失っていくことを
「立ち直る」ということだと
思っていたのかもしれません。