今年はクリスマス前に本当に悲しいお別れをして

まだまた哀しみと寂しさは全然癒えていません

夜寝る前になると

どうしてもつらそうにしている姿ばかり思い出してしまい

可哀想に思い

偉かったねと言い

ごめんね

とつぶやいては毎晩泣きながら寝てしまうけど

なるべくその後で

楽しかったことや笑い顔を思い浮かべるようにして眠りにつく


でも
月日の流れは否応なしにくりかえし
ちゃんと大晦日も正月もくる

まず無事に新しい年を迎えられるこてに感謝を

そして
みんなの暖かいコメントやお心遣いは
ぽっかりと空いた心の穴にジワジワと染み渡りました
ありがとう


ピースにも周りのみんなにも

全ての人にありがとう

来年も
みんな

動物も人間も穏やかに
優しくすごせますように


今年はライブもどこへも出かけず
家で年越しをします



今日霊園に向かう車の中で

みんなに早すぎるといわれ

私も家は動物が長生きなのになんで・・・
と悲しんでいたけど

ふと

ほんとにふとピースが家にきた意味がわかった気がした


ピースが家に来たのは娘が大学になったときで

ハスキー専門のブリーダーを紹介され見に行った

私は女の子が良いと思っていたし取り合えず見に行くだけと思っていた

行くとピースが外に出されていて譲るならこの子と決められていた

男の子だしとりあえず今日は帰ろうといったけど

娘がどうしてもこの子がいいといい
じゃあこの子でいいですとなったのだった


娘はそのころから遅い反抗期だか過保護な親からの自立に苦しみ
ここら辺から大学卒業さらに専門学校へと進むにつれ
大いに荒れるのであった

特に専門のときの一年間はひどくて

お前は中学生かよというような反発と私への罵倒の嵐であった

娘も出口を見つけるために相当もがき苦しんでいたのだろう

しかしなってほしくない子ども像にちかづいていくわが子のすがたに

思い描いていた子ども像や社会のこうあるべきと刷り込まれた
理想像のようなものを捨てる作業と
心の鍛錬をせねばならず

だいたい優柔不断で自己中な私は相当な試練であった

ピースは飛び交う怒号や取っ組み合いの大きな音に怯えながらもじっと耐え

このまま事故とかでしんじまってもいいかもと
泣いてピースに抱きつく私をじっと見守っていた

親離れ子離れに七転八倒する私たちの中で

ピースの存在だけが心の支えであった

愛情をそそいで過保護でもめんどくさくても
突っぱねたりしない
喜んでくれるピースがいることが私の子離れの助けになったと思う

巣立っていこうとするわが子にたいする寂しさの隙間を埋め
子離れを促進させてくれたのだと思う


やがて娘は就職し大人へと脱皮し
つき物が落ちたように落ち着いてきた

普通に親子の会話も一応できるし

私も自分なりの処世術みたいなもんをみにつけ
泣くこともなくなった

あ・・・・

だからだと思った

こんなに騒々しく大変なうちに来て

一生懸命一生懸命私を幸せにするためにがんばってくれたんだと思う

他の犬の何倍もパワーを注ぎ込んで
つかれちゃったんでないだろうか

ピースは私の心を救い
幸せにするためにきたんではないか

そんな考えが霊園に向かう車の中で
棺をなでてる私の頭にぱ~~~っとめぐった

すごく私の心や考えがわかる子で
時には自分がマイナーな思考をすることが
ピースによくない影響を与えているようで怖くもあった


入院も私の用事が終わるタイミングで退院してきたし

出かけるときもこれやってくれたら安心して出かけられるのにということを
ちゃんとやってくれた

今回の25日のライブだってキャンセルするといっていたのに
その前に逝ってしまった

私の考えたことや話していることがピースに伝わり
私が困っていると思って早く逝ってしまったんだと思うと
申し訳なくて自分の言動が悲しくなる

多分これからお世話しなくていいんだと時間を気にすること
なくすごしてるときに
でもそれはピースの居ない事の引き換えなんだとおもい
心がチクチクするんだと思う

でもピースが私を幸せにするためにきたのなら
罪悪感にばかりとらわれていて悲しんでいたら

ピースが与えてくれた幸せの時間がくもってしまうのではないか

気にすることなく使える自由な時間はピースのくれた
大切な大切な時間で

だからありがたく一生懸命に大切に使わなくちゃいけないんだ

そんな風に思える様になりました

ピース

本当にPeace(平和)の使者だったんだね~~

おれが居なくてももう大丈夫だろうって
俺はもう疲れからなって逝ったのかな

もう心配かけないようにがんばります

誇り高きピースのためにもがんばるで~~~


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まだ無邪気なピース↓



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今日大好きだったペットタクシーの方にお迎えにきてもらい

戸塚のポチタマ霊園にてピースの体とさよならしてきました


たった7年の短い命でした


8月に肢の手術をしてから元気に走れることなく
つらい闘病生活をじっと耐えました



最後の日のことを書きます


プレッシャーに負け休んでいた仕事に出かけてしまった
間抜けな私を3時間半息苦しいのに母と留守番し待っていました


母に弱みを見せずヨロヨロになりながらも
自力でシートからはみ出すこともなく
力を振りしぼってしてウンチもしました


「すぐ、戻るからまってね」
といった私との約束を守るために
ただじっと静かに耐えていました


5時ごろ帰ってからやっぱり息苦しそうで

中ちゃんが帰ってきたので酸素の携帯ボンベを買いにいきました


肺がおかしくなってるかもといわれていたので
酸素ボンベの手配もしてたのだけどとりあえず携帯酸素で
少し楽になるかなと思っていた



6時ごろから急変しました

息が苦しくて苦しくて体の置き場がないという感じで
体制を整えたり一生懸命がんばっていました


娘が歯医者で連絡がとれないなか一旦意識が遠のきましたが
また戻り苦しんでいました


もうだめかもと思ったので
ピースをさすりながらありがとう大好きだよといい続けた


娘が戻り
舌を出しゼーゼーしているピースに
「もうがんばらなくていいよ」
「楽になっていいよ」
「ママがずっといるよ。もうどこにも行かないよ」
といったとたん意識が落ちて


腕枕してたけど顔を床に着け舌を横だらりとかんでただ苦しそうに
もう目は閉じ息だけをガーガーしてました
多分もう意識はなかったと思う



獣医がピンポーンと来たとたん
大きく口をあけてガッガッと4.5回吸い
涎がダラーっとでて呼吸がとまりました
8時ころでした


獣医さんが間際にカドラーからはみ出てるピースを
もう少しこちらに来させてくださいといいましたが

「もういいです!このまま楽にならせます」といいました



急変してからの2時間一声もあげずみんなの帰りをまって
逝きました


途中このまま一晩中苦しんだら楽にしてあげたほうがいいのかとか

でも薬の量が足りなくてかえって苦しんだらとか

安楽死は嫌だという私と中ちゃんの会話を聞いていたんだと思います


見事獣医さんが来たと同時に行きました


俺は自分でいくぜ
安楽死なんて真っ平だとおもったんだね



いや違うかな


安楽死なんてさせたらママが一生苦しむことをわかっていたんだね


苦しいのに鳴き声をひとつあげずに逝くなんて


泣いたり暴れたりしたらママがパニックになるのをわかっていたんだよね


なんて

あっぱれで思いやりに満ちた最後だったかと

見事すぎて感心するよ


しかもいつもママの用事の邪魔にならないようにするんだもんね



ピースには幸せや愛や思いやりをたくさん与えてもらいました


ピースがなくなってお別れにきてお花をくれた犬仲間


いつも暖かいコメントをくださる皆様

本当にありがとう


多分りっぱなペットロスになるでしょう(笑)

ただただ悲しいですもの

ピースがいた生活は二度と戻らないけど
それでも乗り越えていくことはできるでしょう


いまリビングのソファで中ちゃんがねています
その横にピースのカドラー

いつもの光景

でもカドラーにあるのはピースの骨壷です



ピースありがとう

必ずまた会おうね


いつも待たせてばかりだけど
またママを待っていてね


ママがそっちに逝ったら必ず迎えにきてね


迷わず虹の橋に行ったよね

ロッキーやシーナ、プルートが助けてくれるよ


大丈夫だよ
ピースは本当は強い子なんだからね
みんなと仲良く遊べるよ


ちゃんとお空に行って
でも時々ママのところにとんできてね


ピース 

特別な子だった


かわいくてやさしくて思いやりにあふれた
ママの自慢の子でした


ありがとう
ごめんね


またねピース

また必ず会おうね



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