今日霊園に向かう車の中で
みんなに早すぎるといわれ
私も家は動物が長生きなのになんで・・・
と悲しんでいたけど
ふと
ほんとにふとピースが家にきた意味がわかった気がした
ピースが家に来たのは娘が大学になったときで
ハスキー専門のブリーダーを紹介され見に行った
私は女の子が良いと思っていたし取り合えず見に行くだけと思っていた
行くとピースが外に出されていて譲るならこの子と決められていた
男の子だしとりあえず今日は帰ろうといったけど
娘がどうしてもこの子がいいといい
じゃあこの子でいいですとなったのだった
娘はそのころから遅い反抗期だか過保護な親からの自立に苦しみ
ここら辺から大学卒業さらに専門学校へと進むにつれ
大いに荒れるのであった
特に専門のときの一年間はひどくて
お前は中学生かよというような反発と私への罵倒の嵐であった
娘も出口を見つけるために相当もがき苦しんでいたのだろう
しかしなってほしくない子ども像にちかづいていくわが子のすがたに
思い描いていた子ども像や社会のこうあるべきと刷り込まれた
理想像のようなものを捨てる作業と
心の鍛錬をせねばならず
だいたい優柔不断で自己中な私は相当な試練であった
ピースは飛び交う怒号や取っ組み合いの大きな音に怯えながらもじっと耐え
このまま事故とかでしんじまってもいいかもと
泣いてピースに抱きつく私をじっと見守っていた
親離れ子離れに七転八倒する私たちの中で
ピースの存在だけが心の支えであった
愛情をそそいで過保護でもめんどくさくても
突っぱねたりしない
喜んでくれるピースがいることが私の子離れの助けになったと思う
巣立っていこうとするわが子にたいする寂しさの隙間を埋め
子離れを促進させてくれたのだと思う
やがて娘は就職し大人へと脱皮し
つき物が落ちたように落ち着いてきた
普通に親子の会話も一応できるし
私も自分なりの処世術みたいなもんをみにつけ
泣くこともなくなった
あ・・・・
だからだと思った
こんなに騒々しく大変なうちに来て
一生懸命一生懸命私を幸せにするためにがんばってくれたんだと思う
他の犬の何倍もパワーを注ぎ込んで
つかれちゃったんでないだろうか
ピースは私の心を救い
幸せにするためにきたんではないか
そんな考えが霊園に向かう車の中で
棺をなでてる私の頭にぱ~~~っとめぐった
すごく私の心や考えがわかる子で
時には自分がマイナーな思考をすることが
ピースによくない影響を与えているようで怖くもあった
入院も私の用事が終わるタイミングで退院してきたし
出かけるときもこれやってくれたら安心して出かけられるのにということを
ちゃんとやってくれた
今回の25日のライブだってキャンセルするといっていたのに
その前に逝ってしまった
私の考えたことや話していることがピースに伝わり
私が困っていると思って早く逝ってしまったんだと思うと
申し訳なくて自分の言動が悲しくなる
多分これからお世話しなくていいんだと時間を気にすること
なくすごしてるときに
でもそれはピースの居ない事の引き換えなんだとおもい
心がチクチクするんだと思う
でもピースが私を幸せにするためにきたのなら
罪悪感にばかりとらわれていて悲しんでいたら
ピースが与えてくれた幸せの時間がくもってしまうのではないか
気にすることなく使える自由な時間はピースのくれた
大切な大切な時間で
だからありがたく一生懸命に大切に使わなくちゃいけないんだ
そんな風に思える様になりました
ピース
本当にPeace(平和)の使者だったんだね~~
おれが居なくてももう大丈夫だろうって
俺はもう疲れからなって逝ったのかな
もう心配かけないようにがんばります
誇り高きピースのためにもがんばるで~~~
まだ無邪気なピース↓

