第一話 自 棄
この頃の私は、自棄(ヤケ)だった。
振り返れば人生35年と6ヶ月、人並みに若気の至りはあったものの、社会に出てからの12年余りは仕事一筋に自分なりに頑張って生きてみた。
そして、父親の経営する町工場を継承するために勤勉に働いてもみた。
私の父は1年ほど前に病気で他界をした。
残された町工場を継承したのはいいけれど、金庫を開ければ「債務超過」というブラックホールが待ち受けていた。
「これも試練だ!」と自分に言い聞かせて、何とか脱出のシナリオを描き、この1年間は休みもとらずに努力する日々であった。
親父の生命保険はもちろんの事、私の全財産も、この町工場に注ぎ込み再スタートきった。
やっとの思いで目処がたった時に私は生前に父が言っていた言葉を思い出した。
『人間、これだけ勤勉に働けば、食えないわけがない。これで生きてゆけねば、この世の中が間違っているんだ。』
私も、その言葉を信じて寝る間も惜しんで勤勉に働いてみた。
少なくとも私の周囲には、私以上に仕事に熱心であった者はいなかった。
しかし、この平成の世は間違っていた。
父親の喪が明けると、彼の個人保証に対して債権回収機構(RCC)の取立てが襲って来た。
結果として、親族もろとも、そのターゲットとなった。
私は経済的な四面楚歌に陥った。
回収機構は「あなたの会社を潰すような事はしませんよ・・・・・」とは、言うものの親族経営の個人資産を片っ端から差し押さえられては身動きがとれなかった。
全財産をかけての再建であった為に、このままでは破産が目に見えていた。
私は、ある日 一人で会社の事務所にいた。
時は0時20分。
ふと見ると窓ガラスに醜い中年が写っていた。
それは、私だった。
この10年。。。。。。。。。いや、10年以上 私は自分の体や身なりなど気にもとめずに働いてきた。
自分の洋服や靴はおろか下着さえも欲しがらずに働いてきた。
接待で酒を飲み、バスがなくなるとタクシー代を惜しみ歩いて帰った。
仕事に結びつかない付き合いは、ほとんどと言ってよいほどせず、ただただ家族と会社のために身を削って・・・・・・いや、身を顧(カエリ)みずに生きてきたのだ。
十数年ぶりだろうか?ガラス越しに写る自分の姿をじっと見入った。
学生時代には、持ち前の張りのある胸囲と長い股下が自慢だったマッチョな体も、今ここに立つのは中年太りした不格好なオヤジが1人。
見る影もなくなっていた。
私は、なぜかこの時「これじゃ、死んでも死にきれないや」と自分に問いかけていた。
そして、次の瞬間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑っていた。
私は、今でも思う。
これが!
この時が、私のどん底。
人間、自殺をして逝く者でも、最後は「笑う」だと、この時に知った。
でも、私は運良く生きている。
あの笑いから1年。
私は、フィリピン・パブに入り浸り、年甲斐もなく1人のフィリピン人女性に入れ込んで毎晩のように店内で笑っていた。
むろん、それはあの時の笑いとは違うが、ある意味で私はこの世を超越していた。
もうかれこれ、注ぎ込んだ金も¥2,000万を越えた。
「どうせ、理不尽な社会に回収されるくらいなら・・・・・」そんな私の自棄(ヤケ)が、この1年で、我が人生を波乱させていた。
結果として私の経済状況は破綻の一途を辿った。
それは、とても楽しく。
この頃の私は、自棄(ヤケ)だった。
こんな事を、いつまでも続けて、善いわけがない事など端(ハナ)からわかっていた。
また、こんな事が永遠に続かない事も知っていた。
しかし、この日も夕方から、仕事はそっちのけでフィリピン女性と店外デートをしてからの同伴。
もう、こんな生活を・・・・・・もう何百日つづけているだろうか。
店に入ると、いつものように焼酎を何杯かあおる。
そして、酔いに任せてカラオケを熱唱する。
店内を見回せば、この時間帯は「鴨」の時間帯である。
「鴨」とは、フィリピン・パブの客が進化したもので、タレントとの関係はというと「友達以上、恋人以下」という関係で、肉体関係の有無は必要ない。
タレントに思われているか?そうでないか?それだけの違いの男達の事である。
もちろん、鴨には自覚はない。
自覚がないから、この時の私も毎日のように通えたし、また彼女の事が最優先で考えられたのだ。
時は、21時15分。
同伴~1セット、店員がコールする。
いつものように私は「延長」と答える。
それから、またしばらく飲んで歌う。
時は、22時30分。
風俗許可へのお義理のショータイムが始まる。
赤や黄色スポットライトのコンビネーションが妖艶な雰囲気を一層引き立てる。
映画で見た、戦後のキャバレーで落ちぶれてゆく不良成年のような気分に浸る。
ショータイムが終わるとモデリング(ホステス紹介)の為にタレント達がしばし中座をする。
1人で入店している鴨は、この時に我に返るケースが多いのではないだろうか。
「俺っ。。。。。こんな事してて何になるんだろうか?・・・・・・・」
なんて。
モデリングも終わり店内の照明が元へ戻り、闇から赤く染まったライトで浮かび上がるPinaの顔を見ると、また妖艶な雰囲気に戻る。
ベテランのタレントは「売上げ鴨」をカモルには、①1セット終了の時間②ショータイム前の時間帯③0時前後④2時前後と、これらの時間帯に鴨に「チェック(帰る)」と言わせなければ、スタートから閉店まで持ち込める。
逆に、毎日のように来店させる「鴨ペット」は、23時頃に無理やり帰らせ延命をはかる。言うまでもないが、それは「優しさ」ではなく、全て今後のためである。
イベントなどの人数あわせの「ポイント鴨」は、イベントやノルマ達成の為に大切に繋いでおくのである。
★タレントにとって本命の男性は、ラスト1セットで一緒に帰るか。重要なイベント時にしか呼ばないし、本命も頻繁には店に顔は出さない。
タレントが本気で惚れていれば、彼の財布は自分の財布同然であるから、店に大枚を支払っても意味がないのだ。
本質的にPinaはケチだから。
本当に、この頃の私は自棄だった。